下着ではありません
シエラを連れ、街の中央を横切って海岸の通りまでやってきた。
中心部も賑わっていたが、良い天気のため海沿いにもガヤガヤと人が多い。
家族連れや友人同士、または恋人同士で水遊びに訪れているんだろう。
「あの……師匠。海に来るなら、繁華街を通る必要なかったですよね?」
「ただの散歩だ、気にするな」
「く……ッ」
すれ違う人の視線を受けて、シエラの顔は恥辱に染まっている。
特に腹のハートマークを気にしてるようだ。
こいつのローブは首もとにしか留め具がなく、歩けば自然、前がはだけて痴女服が丸見えとなる構造をしている。
わざわざこんなローブを選んだこいつが悪い。
自分の趣味ではないなどと言っていたが、本当にそうなのか疑わしいものだ。
「おかーさんみてお姉ちゃんのおなか、かわいい」
「こ、こら! 指さしちゃダメでしょ! うふふ、すみませんね本当にもう」
「うわー、ほら見ろよあいつら。女のアピールすごくね? 服といいタトゥーといい露骨に媚びた性奴隷スタイル興奮するわー」
俯いて歯を噛みしめたシエラの肌は、恥辱に耐えきれずほんのりピンク色になっていた。
相変わらず汗もすごい。
調子に乗りすぎた罰として、こいつに辱しめを受けさせるという目的は果たせたと言えよう。
「へーあんた、あんなのに興奮すんの? 気持ち悪。まあ、隣の男も独占欲むき出しで相当に気持ち悪いけどね」
ただ、シエラを連れての徘徊はオレもそれなりのダメージを受けることが判明した。
せめて支配欲と言ってもらいたいものだが。
「し……師匠……ッ!」
「わかっている! もう目的の店に着く。こっちだついてこい」
仕方なくシエラの手を掴み、海岸通りに建つ店へそそくさと連れ込んだ。
開けっ放しの開放的な店。
店内には埃をかぶった壺や絵画、アンティークの家具などが並んでいる。
たまに魔術書も置かれているので、定期的に顔を出す店だった。
店内を見渡して、シエラは不満げな顔を見せる。
「……骨董屋じゃないですか。アタシは服が欲しいんですが! 服飾の店じゃないんですか!?」
「慌てるな、服もちゃんと置いてある。しかも最先端の服だぞ」
シエラと連れ立って、薄暗い店の奥へ。
しかしいつも思うのだが、年代物の家具や絵画など置いているくせに、海沿いに店を構えるのはどうなんだ。
潮風とか絶対に駄目だろう。
チラとカウンターに目を向ければ、短髪の子供が頬杖をついてコクリコクリと居眠りをしていた。
「何なんですか、この店」
「店番の小僧だ、気にするな。――お、ほらあったぞこれだ」
奥まった壁に掛けられた服を手に取り、シエラへ差し出してやる。
白色で上下二つのパーツに別れたデザイン。
上は正三角形の布地が両胸を覆ったもので、首と背中で紐を結んで着用するもの。
下は逆正三角形が股間を隠す。
こちらは腰で両側の紐を結び、着用するものだ。
シエラは怒りをたたえた瞳で睨んでくる。
「それ……下着ですよね」
「下着じゃないですよおおおおッ!!」
「うおっ!?」
店番の小僧が急に跳ね起きたので、無様に驚いてしまった。
「あ、エイザークさんお久しぶりです! それっ、おれが仕入れた“水着”買ってくれるんですか!?」
「……水着?」
「ええそうですお姉さん! 水辺で着る服、すなわち水着です! おれはこれを広めるために生まれてきたんです!」
「だから……下着ですよね?」
「違うんだよなもおおおおッ!!」
熱を吐く小僧を、シエラは細めた瞳で汚物かのごとく見下している。
「いいですか? これは最新の防水技術が施された至高の布なんです! 抜群の機能性と形状の美しさ! 濡れても速乾で快適! そこらの下着と一緒にしないでください!」
小僧の名はボッカという。
水着とやらに対する情熱が凄まじく、オレがローブの下に着ている短いズボンもこいつに売りつけられた水着だ。
最初は戸惑ったが、肌にぴったり吸いつく密着感を今では気に入っている。
なにより暑い街だからちょうどいい。
だがシエラはお気に召さない様子だ。
「アタシ、イヤです。こんな辱しめを受けるくらいなら死を選びます」
「おまえには死ぬ権利も拒否する権利もない。試着してみろ、シエラ」
「うぐ……ッ! こ、この外道♡」
「エイザークさんの彼女、素直じゃないんですね」
「ぶっ殺しますよクソガキッ!!」
「ひいッ!?」
オレに対する文句じゃないので紋様は沈黙。
しかし釘は差しておく。
「子供を脅すな。おいボッカ、ちょっと試着させてもらうぞ」
「どうぞどうぞ!」
「よし、ではこれに着替えてこい。ローブはオレが預かっといてやる」
「ううぅ……鬼畜♡ 変態♡ 人でなし♡」
ぐずるシエラのローブを剥ぎ取り、水着を持たせて壁の隅に追いやった。
仕切りとして一応は
シエラの着替えを待っていると、ボッカが小声で聞いてくる。
「……ねえ。エイザークさんの彼女、すごい格好だったけどアレどこで売ってるの?」
「売りものかどうかも知らん。あと、あいつは彼女などではないぞ」
「へえ~! あの攻めたデザイン、水着界隈も負けてらんないですね! ところで彼女じゃないなら――」
「師匠……着替え、ました」
ボッカとの会話を中断して衝立をどける。
シエラは指先で金髪をくりくり捻りながら、上目遣いでオレの顔色を窺う。
色目を使うことを生業としていただけあって、己の魅せ方を熟知したポーズ。
胸の布地は面積がかなり狭く、シエラの控えめな白い胸が上下左右にぷるっとはみ出している。
股間の布地も同様に、鼠径の線より内側を覆っているのみだ。
「あの、これ、おっぱいも、お尻も、はみ出ちゃうんですが……動くと、ずれそうで」
「そういう仕様ですから! よく似合ってますよ、お姉さん!」
親指を立てるボッカを怒鳴る気配もなく、意外にもシエラは本気で恥ずかしがってるようである。
白い水着は透き通った肌の白さを更に際立たせ、一見して品の無いハートの紋様を含めた全体像も、清楚感のある色気に錯覚させる。
――ように思えた。
まあ結局は半裸なわけだが、自身の体も武器にしていたこいつにはお似合いだし本望だろ。
「ふむ。悪くないじゃないか。少なくともあの布巻きよりは、おまえもいいだろう?」
「そ、それは、まぁ」
「よし。ではボッカ、これを買おう。このまま着ていくぞ」
「ははーまいどあり! どうぞどこでも着ていってぜひ水着のすばらしさを広めてくださいね! もう少し胸が大きければより映えるんですけども!」
「師匠止めないでくださいねやっぱりこのガキぶち殺しますッ!!」
「ひいッ!?」
無詠唱の魔術まで放ちそうになるシエラを止めるのに苦労した。
返してやったローブをいそいそと身につけるシエラを横目に、ボッカへ尋ねる。
「おまえは今日も留守番か。じいさんはどうした」
ボッカは祖父と二人暮らしのはず。
水着以外の骨董品の数々は、ボッカの祖父が集めたものだ。
「じっちゃんは、なんかセクシーな魔術師が砂浜に来てるとかで、そっち見に行ってます」
「なに、魔術師?」
「ええ。最近浜辺に“マガヤドガニ”が大量発生してるじゃないですか? そのセクシーな魔術師と制限時間内にどっちがたくさんの害獣を片付けられるか勝負して、勝ったらなんでも言うこと聞いてくれるらしいです」
「ほう……面白いな。行ってみるかシエラ」
「え!? アタシ、もう帰りたいんですけど……」
「ちょうどいい機会だ。弟子になった記念に一つ、魔術も指導してやろう」
オレが告げると、シエラは疲れきった顔で曖昧に頷いたのだった。
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