風呂場で教育
目が覚めたとき、太陽がもう真上にきていた。
久しぶりに自分のベッドで寝たのだ。
少しくらい寝過ごしても、致し方ないだろう。
シーツに染みたシエラの匂いは気にくわないが、まあこれもあいつに洗濯させればいい。
「ふあ……」
オレは欠伸を噛み殺しつつ、麻シャツに膝丈のズボンという気の抜けた格好で寝室を出た。
ローブの中身はいつもこれだ。
階段を下りてリビングを覗く。
ふむ、ちゃんと片付けはしたようだが。
「シエラ。おい、起きろ」
ソファで赤ん坊のように丸まって寝てるシエラの脇腹を、指でぶにぶに突つく。
「んひっ!?」
腰をビクンと跳ね上げて、ソファから転げ落ちるシエラ。
寝癖のついた金髪を手櫛で直しながら、オレをジトリ憎悪の眼差しで見上げてきた。
「朝の挨拶はどうした」
「は? なんでアタシがオマエなんか――んぃぃぃ――~~~~ッ!?」
下腹の光る紋様を押さえてシエラはのたうつ。
やはり声を漏らさぬよう、片手でしっかり口は塞いでいる。
「ハァ、ハァ……ハァ……」
「朝の挨拶は?」
「……お……はよう……ござい、ます……」
「おはよう。いいか、朝は必ずオレより早く起きて朝食を準備しろ」
「……はい、師匠……くっ」
未だ昨日の布服のまま、シエラは顔を真っ赤にして俯き、歯を噛みしめた。
汗だくになった体をフラフラ持ち上げ、立つことすらやっとのようだ。
我ながらこの紋様の効果は恐ろしいな。
逆らった場合のペナルティはそんなに“痛い”のだろうか。
「あ、あの、師匠」
「なんだ?」
「お風呂……入って、いいですか」
シエラは両手で隠すようにした体をよじる。
たしかにこいつ、昨日から汗ばかりかいてるな。
主にオレのせいかもしれないが。
「おまえちょっと汗臭いもんな」
「だっ――だから! ……お風呂」
「しかし、オレも風呂には入りたかったところだ。ちょうどいい、背中を流してもらおうか」
「は!? あ、あのっ、えと、それは――」
「どうした? 入らなくていいなら構わんぞ」
「~~~~っっ」
羞恥で赤く染まった体を震わせて、シエラは拳をわなわな握りしめた。
「……ゎ……わかり、ました……ッ」
我が家の風呂は自慢だ。
ゆったり足を伸ばせる浴槽は、香りのいい高級木材を使用している。
手入れは手間だがな。
広くスペースを取った洗い場も高い石材を使い、発光するクリスタルが落ち着いた青色に照明の役割を果たしている。
で、オレは裸で椅子に座りシエラを待っていた。
「早くしろ、風邪を引いてしまう」
「は……入り、ます」
脱衣所と風呂を繋ぐドアが開き、シエラの素足がひたりと石材を踏む。
シエラは茹だった顔をそむけ、白い身体の胸と股間を腕で隠している。
こいつ性格は最悪だが、自慢気に晒しているだけあって肌だけは綺麗だな。
「くっ……なんで、アタシがこんな……ッ」
「なにか言ったか?」
「いえッ」
「そうか。ではさっそく背中を頼む」
強い恨みが込められているのか、ゴシゴシと泡立つ毛織りの手袋が気持ちいい。
「……いつか……ぶち殺す……」
紋様はたしかに言動や行動を強制できるが、それだけでこの女が屈服することはないだろう。
まずは徹底的な屈辱を与えて、心を折ってしまわなければならない。
プライドが高く、男を道具としか見ないシエラにとって男に奉仕するのは一番の屈辱になるはずだ。
成り行きとはいえ、弟子としたからには従順に育て上げてやる。
「あの、アタシいつまでこんなこと、しなくちゃいけないんですかねっ?」
「そうだな。まずオレはおまえから無能扱いされてパーティーを追放された。ひどい精神被害だ。火山に捨てられたのは殺人未遂。顔を踏まれて怪我した慰謝料。他には積み荷強盗の迷惑料。ハイマンに対して消費したスクロールの代金。壊した別荘の見舞金。無断でオレの家を使用した賃料と汚した部屋のクリーニング代」
「な……な……」
「諸々含めて十年も奉仕すれば勘弁してやろう。金で解決したいなら白金貨50枚だ」
「なんでアタシがッ!」
「おまえの仲間は誰もいなくなったのだ。仕方ない話だな」
押し黙ったシエラはやがて小さな声で、
「……あの。一回なら……アタシを好きにして……いい、です……だから、それで」
「おまえの身体に、白金貨50枚の価値があるとでも思っているのか? 笑わせてくれる」
文字通り鼻で笑ってやった。
こいつはとんだ勘違いをしているようだ。
「おまえはオレの弟子になったのだ。いいか? 明日から外出を許可してやる。ただし朝は各部屋の掃除後、朝食の準備をしてからだ。夕方には戻って夕食と風呂の準備をしろ。昼の間に稼いだ金をコツコツ持ってこい。そうすれば魔術の一つくらいは教授してやる、師としてな」
「誰がオマエに魔術を――ひ!? ん――~~ッ!」
「もう返事を忘れたのか? 駄目な弟子だ」
「うっく……はぃ……師、匠……ッ」
体を流して湯船に入る。
極楽に浸りながらシエラを盗み見れば、歯をぎりぎりと食い縛り、悪鬼の形相で体を洗っていた。
怒りのためか、目にいっぱいの涙を溜めている。
「ふう……」
こいつを手懐けるのも、骨が折れそうだ。
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