支払いはやっぱり身体で

 心臓が破裂するんじゃねえかってくらいバクバク鳴ってる。


「おい! 急げソル! はあ、はあ」


「ま、待ってくれディン! はあ! はあ! どこに行くんだ!?」


 あのイキり魔術師め、舐めやがって。


 大方、俺やソルが気を失ってる隙に痺れ薬でも盛ったんだろうが……あの野郎が戻る前に動けるようになって良かったぜ。


 報復したいのは山々だ。

 けど仲間でも引き連れてこられちゃたまらねえ。


 どうも積み荷を探してるみたいだったが……

 奪った荷は、拉致った女と一緒に空き家に放り込んである。


「ディン! 街は衛兵がいっぱいいる! この辺もその内きっと調べにくるよ!」


「わかってんだよ、そんなこと!」


 少し派手に遊びすぎたな。

 ここら辺が潮時ってやつだろ。


 まずは積み荷を取りに行って、街から逃げた後に売り払ってやる。




 海沿いの空き家はひっそり静かだ。


 真夜中だから当然か。

 家ってより小屋の方がしっくりくる、みすぼらしい空き家のドアをゆっくり開ける。


 俺とソルが中へ入ると、手を柱に縛りつけていた女はまだそこにいた。


 両手を頭の上で括られたまま、女は俯いてる。

 深い緑色したロングの髪で顔が隠れてるが、呼吸するたび下着姿の胸が膨らんでる。


 汗で濡れて光る女の肌に、俺は喉を鳴らした。


「へへ……」


「お、おいディン! そんなことしてるヒマは」


「うるせえな、シエラにお預け食らって溜まってんだよ。逃げる前にスッキリさせてもらおうぜ」


 ズボンを脱いで女の前に屈む。

 それでも女はピクリとも動かねえ。


 女の髪を掻き分け、耳もとに囁いてやる。


「なあ、あんた喋られねえの? これで最後だからさ、かわいい声で鳴いてくんない?」


 下着に手をかけた、そのときだった。


 薄い色素の唇が、わずかに開く。


「――ね。そんなにあたしの声、聴きたいの?」


 なぜか背筋にゾッと悪寒が走って、俺は咄嗟に身を引いた。


 女は大きく息を吸って、


「ラ――――~~~~~~」


「ぐああああああああ!?」


 なんだ……これ……ッ!?


 歌……歌声か……!?


 耳は両手で塞いでる。

 しかもすぐとなりでソルの絶叫が響いてるにも関わらず、女の歌声はまるで頭ん中に直接入り込んでくるみてえに響きやがる。


「ア――――~~~~~~」


「ぐがあ!? ががッ! ああああ!?」


 頭を掻きむしるソルの髪はごっそり抜け、皮膚は青白く変色し、粉になってぽろぽろ剥がれていく。

 皮膚の下に覗く肉も、赤から紫にどんどん移り変わって。


「なんだ……これ……なんなんだよ……っ!?」


 歌声をぴたり止めた女は、俺の手をそっと掴むと耳から離した。

 めちゃくちゃに冷たい手だ。


「ふふ……ちゃんと聴いてくれないと」


「わ……悪かった、助けてくれ!」


 涙まで流して懇願する。


 こんな化物が、どうして――


「後悔してるの?」


「ああ、してる! してるよ! あんたにさえ手を出さなきゃ、こんなことには」


「違うわよ。あなた達の間違いは、もっと前」


 氷みてえな女の指が、俺の唇に触れた。

 冷たい声と指の感触に、心底から震えがくる。


「【蛇】に手を出したのが、そもそも間違い」


「へ、蛇……?」


「そうよ。“九楼門”の【蛇】エイザーク」


「エイザーク……あの魔術師がなんで……九楼門ってなんだ? なんなんだよ!?」


「あたしは“九楼門”の【セイレーン】歌唱術師のアナフィラ。覚えた?」


「だから、その九楼門って――」


 女は俺の両手を動かないようまた握りしめ、息をスゥゥと吸い込む。


「あ……ま、待って」


 暗い小屋の中。

 月明かりを浴びた女は薄く笑い、高らかに歌った。



◇◇◇



 家まであと少しだ。


 しかしディンやソルが逃げる気だった場合、もうとっくに身を隠した後だろう。


 だから慌てず、歩くのが遅いシエラの背を小突きながら家路を進んでいく。


「ねえ、あの、ちょっと!」


「なんだ?」


「手の縄を解いてもらえないですか!? 歩きにくいんですが!」


「だめだ」


 こいつは無詠唱の魔術を飛ばしてくるからな。

 はっきり言ってオレとは相性が悪い。


 さっきまで震えていたようだが、徐々にいつもの調子を取り戻してきてるように見える。

 寝首を掻かれては間抜けだ。


「いいからとっとと歩け」


「ちょ、乱暴にしないでください!」


 家に戻るまで、シエラはぎゃあぎゃあ文句を言い続けた。




「……残念だったな」


「くっ……アイツら……!」


 シエラが悔しげに歯噛みする。


 家にディンとソルの姿はなかった。

 部屋も汚れたままだったが、リビングの隅に奪われたニィナの積み荷がまとめて置いてある。


 不可解極まりない。


 なぜ積み荷だけ置いて逃げた?

 あいつら二人とも、この期に及んで良心が働くようなタマじゃないだろう。


 それに……リビングにも砂浜で感じたものと同じ魔力の残滓。


「それ、アナタが言ってた積み荷ですよね? あるじゃないですか! 早くアタシを解放してください!」


「馬鹿を言え。ディンもソルもいない。オレは奴らが待っていれば解放してやると言ったんだ」


「は? 目的の物はあったんでしょ!? これ以上アナタに付き合ってるヒマはないんですアタシ!」


 どの口でものを言ってる。

 やはりこの馬鹿女には、色々とわからせてやらなければならない。


「積み荷は、おまえらに奪われたものを取り返しただけだろうが。家の状態を見ろ、そしてオレは命を脅かされた。簡単に許すわけないだろう」


「そ、それは」


「ち。リビングは足の踏み場もないな。おい、とりあえず二階へ上がれ」


「え、な、なにをするんですか?」


「黙って早く行け」


 後ろからせっついてシエラを二階へ上がらせる。


 オレは寝室のドアを開けると、抵抗するシエラを中へ押し込んだ。

 自分も寝室に入り、後ろ手にドアを閉める。


「ね……ねえ、なに……するんです」


 二人きりの暗い寝室で、途端に怯えの色を見せるシエラ。

 ハイマンとの出来事が尾を引いてるのだろう。


 だが知るか。

 ニィナでは確認できなかった効果も、この女なら簡単に試せそうだ。


 強引にシエラのローブを剥ぎ取ってやれば、変な布服に包まれた色白の身体が露になる。


「代償はその体で支払ってもらう。定番だろう?」


「いや、いやです! こっち来ないでください!」


 じりじり後退してベッドに蹴つまずいたシエラは、シーツへ仰向けに転がった。


「まずは絶対に逆らえないようにしてやる」


「いや……」


 汗で額に張りついた金髪の下、シエラの瞳には涙がじわりと滲んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る