生意気女の確保
人型の発光体を追ってきたオレは、高台に建つ屋敷へたどり着いた。
ここらの別荘は、所有者が休暇で訪れるとき以外は放置されている建物も多い。
この屋敷もそうなのだろう。
また奇襲的に外から魔術を放ってもいいのだが、追跡している最中の人型が不可解な動きを見せていたのが気になる。
ディンとかいう男が言う通り、本当に二人は共謀して逃げたのか?
オレは、疑問に思ったことは確認しないと気が済まない性分だ。
ひとまずはこのまま屋敷に突入する。
大扉を押し開ければ、中は閑散としていて暗い。
魔力の残光は、正面のでかい階段を上がり二階へ向かっていく。
後を追ってゆっくり階段を踏みしめると、光は二階に立ち並ぶドアの一室に入っていった。
なるほど、そこか。
外からでは物音が聞こえない。
ローブに忍ばせたスクロールの枚数をもう一度確認し、ドアを蹴り開ける。
「むっ!? ……お主は」
中は寝室のようだった。
ベッドの側で屈んでいた男が立ち上がり、発達した筋肉を見せつけるようにオレと相対する。
たしか、ハイマンとかいう僧侶だったか。
素っ裸の男の後ろでは、あの生意気なシエラという魔術師がベッドで仰向けになっている。
シエラはローブを身につけておらず、例の細布が巻かれただけの痴女服だ。
寝ているのか、気を失っているのか、ピクリとも動かない。
「……なんだ、お楽しみの最中だったか?」
「否。まだこれからだ。意識のない女とまぐわっても高揚しないであろうが」
「きさまの趣味は知らん。積み荷はどこだ?」
「……積み荷ィ? 知らぬな。おおかた、ディンめらに騙されたのであろう」
ハイマンはオレの存在を無視するかのごとく、ベッドにギシリと片膝をついて上がる。
奴はシエラの足首を掴むと、角張った顔を寄せて足裏に頬ずりした。
「失せろ、魔術師。拙僧とシエラ殿の愛の一時。邪魔立てするなら殺してしまうぞ」
足裏からふくらはぎへと顔を埋めつつ、ハイマンはベッド脇に置かれた手甲を装着する。
このいきり立った煩悩僧侶に、シエラがどうされようと知ったことではない。
だが積み荷の在り処も吐かせずに、撤退する理由なんぞこっちにはないんだよ。
「“
放り投げたスクロールが延焼し、火の玉がハイマンに向かっていく。
ハイマンが手甲で火球を受けた刹那、キィ――と耳鳴りのような高音が発生して火球は消失した。
なに……消えた?
「ぶはははっ! よかろう魔術師ィィ! それほど死にたくば拙僧が地獄へ送ってやろうぞ!」
「ち。“
ベッドから下りつつハイマンは手甲を振る。
奴の手甲に遮られ、低位魔術はあっけなくキィンと打ち消される。
「耳障りな手甲だ……!」
「これはなァ“土”の術式で魔力を吸収する手甲に仕上がっておるのだァ! スクロールの魔術など通じぬ上、これで殴れば人体の魔力を吸い取り一撃で昏倒させる代物よ」
「ほう。きさまには勿体ないな」
スクロールを躊躇わずに消費していく。
ハイマンに笑いながら打ち消されるが、構わん。
「ぶははっ! 無駄だと言うとろうが三流ゥ!」
「――“身籠れ大海の賜り、ウォーフォーラ・シークウォーヴァー・ウォーフォー」
魔力を吸う際に生じるその耳障りな高音が、オレの詠唱までかき消してくれるからな。
詠唱を続けながらスクロールを投げる。
キンキンキンキン騒音が撒き散らされる。
「“天、地の嗚咽を孕み、垂涎を孕み――」
「良いことを教えてやろうぞ三流魔術師! この手甲を下さった方はなァ、あの“
「“辛酸を孕み――」
……九楼門だと?
「知らぬか? 知らぬよなァ三流!? 世界を影で支配するとも言われる、九名からなる偉大な魔術師の方々よ! つまり拙僧はこの世の片鱗に触れたも同然というわけだ!」
「“以て汝の忌み子とせん――……ふん。たかが世界の片鱗に触れたごときで、滑稽な」
「なァにィ!? ……ん、如何した三流! もうスクロールは尽きてしもうたのか?」
「ああ。
ハイマンに向けて片手をかざすと、奴はニッカリ笑って手甲をガキン! と打ち付ける。
「うむ。最後は己の魔術を放って逝きたいと。三流とて一分の誇りはあり申したか!」
「最後に一つ、情けをかけてやる。積み荷の在り処を吐け。そうして誠心誠意の謝罪を見せれば、命までは奪わないでおいてやろう」
「……ぶっ! ぶははははっ! そうか、そうか。お主は【二枚舌】などと呼ばれておるのだったな。ああ――このペテン師がッ!! 無駄ッ! 拙僧にあらゆる虚偽は無駄の一言ッ!」
「そうか、よくわかった。では、これ以上おまえに対する慈悲は無い」
目前に、三層からなる術式を展開させた。
「ぶはーはははははは!!」
ハイマンが手甲を振り上げ突っ込んでくる。
ディン達に加えたような手心は一切ない。
おそらく、対個人としては最高峰の魔術の一つ。
「――“
「ははははっ! 往ねい三りゅ――だぱんッッ!?」
不意にベチャッ! と、腹から床へ落ちてしまうハイマン。
「お……ご……も、ごご……!?」
ミシミシと床が悲鳴をあげ、次の瞬間にはベキベキと木材の割れる音。
膨張した腹の重みに耐えきれず、奴の腹下の床が抜けたのだろう。
ハイマンの体液は、まだ重みを増していく。
「も~~……ッッ!? も~~……ッッ!!」
パァンッ!!
と、乾いた破裂音が鳴り響いた後には、床に伏せたハイマンが動くことはなかった。
内臓が全部抜け落ちて薄っぺらになった体。
寝室の下になんの部屋があるのかは知らないが、屋敷の持ち主には悪いことをした。
オレは裸の僧侶をまたいでベッドに近づく。
「おい、起きろ」
呑気な寝顔を見せている、シエラの頬を叩いた。
起きないので二、三発続けざまに頬を張る。
「んくっ……い、た」
「起きたか? 起きたら答えろ」
薄目でオレの顔を眺めていたシエラは、ふと瞳を大きく見開く。
「な!? え、エイザークっ」
「そうだ。おまえに顔面踏まれたエイザークだ。答えろシエラ、積み荷はどこだ?」
「つ、積み荷? な、なんのことです!? それよりハイマンは――」
「奴ならそこで寝ている」
指で差してやると、ハイマンの姿を認めたシエラは「ひ!?」と息を飲んだ。
「警告はした。だが奴は受け入れなかった」
「ど、どんな手を使ったんですか!? アナタごときがどうやってハイマンに――うぷっ!?」
「おい汚い物吐くな! 積み荷の在り処を吐け! 質問しているのはこっちだシエラ」
手で口を塞ぎながら詰め寄ると、シエラはじわりと涙を浮かべて首を横に振る。
知らないと言うのか。
ではハイマンの言った通り、ディンに一杯食わされたのだろうか。
「……本当に知らないんだな?」
何回も、小刻みに頷くシエラ。
くそ。もうすぐ一時間が経過する。
ディン達にかけていた魔術の効果が切れる。
シエラの口から手を離してやった。
ねっとり糸を引くシエラの涎を、ローブでごしごし拭き取る。
「よく聞け。ディンとソルに、オレの家で帰りを待つよう命じている。今からオレと一緒に戻って、奴らが大人しく待っていればおまえを解放してやる」
「え……あ、アイツらが、いなかったら……?」
「ああ。残念だがそのときは――おまえに代償の全てを支払ってもらうぞ、シエラ」
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