生意気女の行方

 闇へ染まった水平線を背景に、我が家へ続く高台を上っていく。


 懐かしの家。

 さらに長旅で疲れているとくれば、飛び込んですぐにもベッドへ身を投げたいところだが。


「ふむ」


 外観を見上げて、もうすでに気配を感じる。


 門から家の扉までの石畳には、長らく家を空けていたにしては埃もない。

 定期的に誰かが通っている、ということだ。


「――“身籠れ大海の賜り、ウォーフォーラ・シークウォーヴァー・ウォーフォー」


 無断で人様の家に上がり込むとは。


 床に縫いつけてやろう。


「“天、地の嗚咽を孕み、垂涎を孕み、辛酸を孕み、以て汝の忌み子とせん――」


 目前に出現する円形の術式。

 威力を抑えるため何枚も重ねず、展開する術式は一層にとどめる。


 続いて適当に指で空間を区切り、効果が我が家だけに及ぶよう範囲を指定する。


「――“腐水圧潰ウォラ・フーイ”」


 オレの手から放たれた魔力の波が、家をどっぷり包み込んだのを確認した。


 これで制圧も容易い。

 扉を開けて遠慮なくづかづか家に上がる。


「なんだ……これは」


 リビングへ入り、我が家の惨状を嘆いた。


 床には酒瓶やその中身が散乱し、ソファの配置も変わってテーブルも横倒しになっている。

 壁には何かをぶつけたようなひび割れと穴。


 だめ押しとばかり裸の男が二人、無様に転がってやがる。


 男どもは床に爪を立て、苦しげに呻いていた。


「な……なん、だ……体……がッ」


「重……動け、な……ッ!」


「体内の水分の重量を増加させている。下手に動けば腹が破れるぞ」


 うつ伏せている男の腹下に足を差し入れ、重たい体をごろんと仰向けに蹴り転がす。


 見た顔だ。

 たしかディンとかいう剣士か。


「なるほど、やはりきさまらだったのか。あと二人いるはずだな? どこだ」


「あ、ぐ……ううっ……」


 呻くばかりで返事がないため、ブーツで顔面を踏みつけてやる。


「あぐあッ!?」


「どこだと聞いている」


 踵をぐりぐり捻れば、男はくぐもった声で言う。


「シエ、ラとハイ、マンは逃げ、た……! あいつ、ら共謀して……俺とソルを裏切ったん、だ!」


「海岸に停まってた馬車から、積み荷を盗んだのはおまえらだな?」


 確証は無いがカマをかけた。


 ディンとかいう男の顔があからさまに青ざめる。


「積み荷はどこだ」


「あ……えっ、と」


「早く言え」


 顎を蹴り上げる。


「があッ!?」


 口の中でも切れたか、男が咳き込んだ拍子、血がビチャッと吐き出される。


 ち。床が汚れた。


「ば、ば、馬車の荷、もあいつら、が持ってる! どこにい、るかは知らねぇ! ほ、本当だ!」


「……そいつらの持ち物はあるか? 服でも小物でもなんでもいい」


 男がぷるぷる震える指先で示した場所。

 ソファの上に脱ぎ捨てられた男物の服があった。


 服に手をかざして魔力を放つ。

 まだこの段階では・・・・・・、魔術ではない。


「女の物は?」


「シ、エラは……二階の寝、室を使って、た」


 寝室だと。

 本当に腹立たしい奴らだ。


 勢いよく階段を昇りきり、寝室のドアを乱暴に開け放つ。

 その瞬間――忘れ難いあの女の、甘ったるい匂いが肺に浸透した。


 寝室に入ったオレは、乱れたシーツに手をかざして魔力を充てる。


「……よし」


 すぐに踵を返して階段を下り、ソルとかいう男の顔も踏みつけておく。


 不公平は可哀想だからな。


「きさまらはそこに転がっていろ。すぐ戻る」


 苦しむ男どもを放置して外へ出た。


 奴らにかけた魔術の効果が切れるまで一時間といったところだが、逃げた二人を放っておくわけにもいかない。


 おまえらが奪ったもの、破壊したもの、迷惑料も含めて返してもらおう。


 夜空の下、オレは両手を広げる。


「――“霊子を辿れ、三千大千世界を越えし旅烏」


 人は誰でも魔力を持っている。

 魔術を使えない人間だろうと、微量な魔力は必ずある。


「“消えぬ残光を発露し、我に指し示せ、さすれば汝の旅路に幸運をもたらさん――」


 そして魔力の形は人それぞれに、他者と同一の形など存在しないのだ。


「――“追跡の陽炎モーシーン”」


 逃亡した二人の魔力は読み解かれ、発光する人型となってオレの前に現れる。


 先ほど二人の所持物に魔力を放出し、反響させたのはこのため。

 この人型は対象の動きをトレースする。


 オレは聖人ではない。

 家をめちゃくちゃにし、積み荷を奪った奴らを簡単に許すつもりは毛頭ない。


「待ってろ。すぐに行ってやる」


 闇夜の中、オレは追跡を開始した。

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