パーティークラッシュ

 まぶたの裏に光がチラつき、心地いい眠りから覚めてしまいます。


「ぅ……う~……ん」


 広いベッドで体を起こし、背中を反らしながら天井に手を伸ばす――

 と、柔肌を包んでいたシーツがパサッと落ちて、魅惑のボディラインがあらわになりました。


 真っ白な裸身です。

 この神々しい体、うっとりします。


 腕をサラサラと撫で、お腹の肉をむにっと摘まんでみます。

 太もものお肉も同様に。


 おっぱいは……まぁ……日々、ちょっぴり大きくなってる気がする。


 魔術学校のビッチによれば、浮き出たあばらとか腋なんてものに興奮する男も多いらしいです。


 ホント、どうしようもない変態ばかりですね。


 日課のボディチェックも終わり、ベッドから下りて窓を開けます。

 涼やかな風に髪を撫でられ、目を細めました。


 すでに十日以上過ごし、すっかりここの暮らしも慣れちゃったんですが……


「……エイザーク」


 いつ帰ってくるんですかね?




 お気に入りの香水を吹きつけて、いつもの格好に着替えたら階段を下ります。


 お酒のむせかえる刺激臭に鼻をつかれ、顔をしかめました。

 リビングを覗くと、酔い潰れているのか男三人がだらしなく寝てます。


 酒瓶やら食べ残しで部屋は散らかり放題。

 男臭い汗とアルコールの混じった悪臭を撒き散らし、家畜の方がマシなレベル。


 コイツらの自堕落は、ここで暮らし始めてすぐに露呈しました。


 育ちの悪いディンはまだわかりますが、ソルやハイマンも彼と変わりません。

 名家とは?

 親が泣きますよ。


 結局男なんて一皮剥いてしまえば、本性はこんなもんなんでしょう。


 毎日毎日飽きもせず家で飲みまくり。

 たまに出かけたかと思えば海で遊んで、今度は酒場で飲みまくり。


 いっそ汚れた部屋ごと魔術で焼却しましょっか。

 アルコールがたぷたぷに詰まってよく燃えそう。


「ハァ」


 イビキが不快なので早々に家を出ます。




 外は快晴です。


 眩しい太陽は苦手ですが、さっき溜まった汚泥のごとき負の感情が浄化されるようです。


 アイツらのずぼらな生活は全否定しますけど、エイザークが戻らない以上やることがないのも事実。


 だから高台の坂を下っていき、海岸線を歩いて街の中心部へ向かいました。


 滞在してもう二週間にもなるせいか、散歩してる夫婦などが挨拶してきたりします。

 道もとっくに覚えたので迷いようがありません。




 人で賑わう街の大通り。

 まずは先日見つけた古書店に入りました。


 やっぱりアタシは生粋の魔術師なんで、めずらしい魔術書でもないかとつい足を運んじゃうんですよね。


 魔術を通し、真理の探求をしてこそ魔術師。

 その理念がわからない無能な輩で溢れているためか、魔術師は貴重な存在です。


 冒険者を例に出せば、冒険者百人に対して魔術師一人の割合になります。


 四属性のうち、一つの属性の低位魔術を習得できれば魔術師を名乗れますけど、そんな普通の魔術師・・・・・・になることさえ至難の業なんです。


 凄まじい才能とひらめき、なにより精霊に愛される人格が必要不可欠。


 ちなみに、アタシはなんと四属性の低位魔術すべてを扱うことができちゃいます。

“水”と“風”に至っては中位魔術まで自由自在。


 我ながらどんだけ天才なんですかね。


 怖い。

 自分の才能が、怖い。


 天才魔術師であるアタシが、もっか研究中なのが無詠唱魔術です。


 ちょうど目の前の本棚に、無詠唱の基礎が書かれた本があったので手を伸ばします。


「あ――っと、ごめんなさいっス」


 アタシと同時に本を掴んだ小柄な女。


 片っぽだけ結った茶髪が特徴的。

 ミニスカートなんか履いて少し羨ましい。


 だけど目を引かれるのは、シャツからはみ出た大きな胸と、丸出しのお腹に描かれたハート模様。


 もしかして、このハートは術式――ですかね?


「アナタ、魔術師ですか?」


「あ、いや、ニィナは違くて。旦那にどうかと思ったんスけど、たぶんこれは必要なさそうだから大丈夫っス!」


「旦那?」


「えっと旦那はニィナの旦那のことで――ああでも旦那様って意味じゃなく――おおぅ……旦那様って素敵な響きっスね、めちゃキュンときたっス♡」


 全然意味がわかりませんが、真っ赤に頬を染めて「えへへー」と笑う彼女を見るに、その“旦那”とやらに恋でもしてるんでしょう。


 まったく共感もありませんね。

 男に惚れさせるならまだしも、惚れてしまったら女は終わりですし。


「じゃーニィナは行くっス、魔術師さん!」


 手を振る彼女に釣られ、気づけばアタシは手を振り返してました。

 太陽みたいに暑苦しい女です。


 全然羨ましくはないんですが、なんか、あの恋に恋した表情を思い返すと腹が立ちます。


 変ですね。




 歩き疲れてエイザークの家へ戻ってきました。


 扉を開けてすぐに、男どものわいわいとした声が聞こえてきます。


「そういえばディン、この前の女はどうしたの?」


「ああ、海でボコった奴から寝取った女? 空き家に放り込んで縛りつけてる」


「まこと鬼畜の所業よ」


「いやいや、ハイマンが一番ヤってたでしょ。乱暴にさ」


「でもあの女、まったく声出さねえから面白くねえんだよな。不感症ってやつか」


「お主のが短いのだ」


 げらげらと下卑た笑い声に、気が遠くなります。


 コイツらは、まさか犯した女の話で盛り上がってるんですか?


 とんだ下衆……いえ、それ以下です。

 これほどの屑どもだとは、ちょっと想像を超えてました。


 このままじゃアタシも危ない。


「あれ? シエラ帰ったの?」


 こっそり家を出ようとしたのがバレてしまい、仕方なくリビングへ。


 床に座り酒盛りをしてる三人の目が、獲物を狙う猛獣のように見えました。


「……今日でパーティーは解散しましょう」


「え、なんで?」


「アタシが出ていきますから、みなさんはどうぞご自由に」


 告げた途端、三人が立ち上がります。


 身の危険を感じて一歩下がりました。


「理由を教えてくれよシエラ。こんなとこまで俺らを連れてきといて、何もなくサヨナラはないよな」


 ディンのくせに態度がでかい。

 酔っ払って気が大きくなってんでしょうが、オマエの器がでかくなるわけじゃないんですよ?


 イライラします。


「生産性の欠片もない、アナタ達みたいな家畜以下と一緒にいるのが疲れただけです。もう話したくもないです」


「へぇ……生産性? じゃあ、生産しよっかシエラちゃん」


「は? なに言って……」


「俺達と子作りしようぜって言ってんだよ!」


 ディンが一直線に向かってきます。

 バカですか? 舐めないでください。


 アタシは無詠唱の魔術を――


「やれソル!」


「わかった!」


 ディンの指示と同時に、ソルがスクロールを展開しました。


 え、なんでソルがスクロールなんか――


 アタシの無詠唱よりも先にスクロールから水弾が射出され、


「あうッ!?」


 水弾が肩に直撃し、うずくまったところをディンに押し倒されてしまいます。


「は、離して! アタシに触らないでください!」


「いいねその泣き顔! 今まで散々焦らされたからな、とりあえず朝までヤりまくってやる!」


 興奮したディンの酒臭い息が吹きかかり、顔を流れる汗がポタポタ胸もとに落ちてきました。

 最悪。

 過去最高に最悪です。


 がむしゃらに手足を動かします。


「おいソル! ちょっと押さえてろ!」


「うん、わかった――って、そこどいてくれる? ハイマ――うぐッ!?」


 キン――と耳鳴りみたいな衝撃音の直後、吹き飛んだソルが壁に叩きつけられました。


 ディンの頭越しに見上げれば、上半身裸のハイマンが仁王立ちしています。


「おいおい、冗談だろハイマン? なに急に裏切って――ぶあッ!?」


“土”の術式を付与された手甲が横薙ぎに振るわれ、頬をへこませたディンがキリモミ回転して床に投げ出されました。


 完全に伸びてます。


 アタシは理解が追いつかず、壁を背にして立ち上がります。


 仲間割れ?

 まさかハイマンに助けられた?


「あ、あの、ハイマン、助けてくれて――」


 ハイマンの手甲がキン、と術式を発動し、次の瞬間にはアタシのお腹へ深々と突き刺さりました。


「がっ、は……ッ」


「シエラ殿。ディン達と致す前に、拙僧とのまぐわいを優先してもらおうか」


 呼吸ができない。

 苦しい。

 毛穴が拡がり、脂汗がじわじわ滲み出ます。


 アタシは軽々とハイマンの肩に担がれました。


「ここは騒がしい。場所を変え、じっくりと情事に興じよう。な? シエラ殿」


「くっ……太もも……触るな、筋肉ダルマ」


 悪態もここまで。


 吐き気すら催す男の肩の上、アタシは気を失ってしまったんです。

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