少女との約束

 王都ブレナ。


 人口は一万五千ほど。

 王都周辺の穀倉地帯を流れる川が街を分断し、河口は大きな港となっている。


「はー! やっぱりいつ来ても活気あるっスねー」


「中心部は市場もある。あと観光が多いからな」


 豊富な海の幸や、貿易の利便性から様々な人種が住み着いている街だ。


 特に高台のロケーションは抜群で、金持ちがバカンスのためによく別荘を購入している。


 何を隠そうオレの家もそこにある。


「旦那ー。ニィナちょっと、商品の仕入れに行ってきていいっスか?」


「金はあるのか?」


「奪われたのは、ほぼ商品っスから。手持ちがいくらかはあるっス!」


「では、終わったらまたここらで落ち合うか」


「はいっス!」


 朗らかに笑うと、ニィナは手を振りながら雑多な街へと消えていく。


 強盗に遭った直後だというのに、よくあんな風に笑えるなあいつは。

 まあ、取り返しはするがな。


 衛兵には強盗とグールの件を伝えた。

 家に帰りたい気持ちはあったが、オレはひとまず冒険者ギルドに向かう。




「おっ、久しぶりじゃねえか【二枚舌】」


「それより聞け、強盗に遭った。三人組の男に誰か心当たりはないか?」


 ギルドに入るなり大声で尋ねる。


 大声でと言っても、ギルド内の冒険者は少ない。

 受付も含めて全員が首を横に振った。


 王都でありながら、この街のギルドが栄えていないのには理由がある。

 単純に大きな依頼が少ないのだ。


 魔物の出現もあまりないうえ、アラキナ王国の兵士はああ見えて精強だ。

 ゆえに魔物退治に冒険者の出番などない。

 名声が欲しい冒険者は他所の街へ行く。


 オレが魔術関連でわざわざ遠方のギルドまで出向くのも、そういった事情からだった。


「あ、そういやエイザーク。おまえさんのこと訊ねてきた冒険者がいたぜ」


「なに? どんな奴だ」


 話を振ってきたのは、いつも飲んだくれては冒険者ギルドでくだを巻いている男だ。


「最初は女一人だと思ったんだがよ、他に男が三人いやがった」


 女一人に男三人。

 嫌な記憶がよみがえる。


 心当たりのあるパーティー構成だが、そもそもオレを訪ねてくる理由などないはずだ。

 なにせ追放された身だからな。


 ということは別人だろう。


「それはいつ頃の話だ」


「ええと二週間くらい前だったかな。最初に謝っとくけど、おまえさんの家を教えちまったんだ。すまねえ」


「なんだと……?」


「お、怒らねえでくれよ。女の方が魔術師みたいだったから、ついおまえさんの知り合いかと思ったんだよ」


 危機管理ゼロの冒険者など廃業してしまえ。


 しかし魔術師の女、か。

 気になるな。


 オレは酔っぱらいの男には目もくれず、冒険者ギルドを後にした。


 そろそろニィナの買い付けも終わっただろうか。

 一旦街の中央部へ戻ることにする。




「あー旦那ー! こっちこっちー!」


 首尾よく合流し、とりあえず共に食事をとりながら強盗の件を話した。


 店外のテラス席で、道行く人間にも目を配りながらだ。


「――そんなわけだ。すぐに見つけるのは難しいかもしれん」


「いや、いいんスよ旦那! あまり無理しないで、ゆっくり休んで欲しいっス」


 やはりこうして、いつも同じ顔でニィナは笑う。

 思い返せば旅の道中でも、笑顔以外はほとんど目にしたことがない。


 ニィナはフォークを皿に置くと、決意のこもった瞳で見つめてくる。


「あの……旦那。ニィナ、旦那とちょっぴり、離れることになるっス」


 商品の買い付けをした。ということは、そういうことなのだろう。


「行くのか?」


「はいっス! ニィナの商品を待ってるって、約束もあるっスから」


「そうか」


 しばし俯いていたニィナは、やがて顔を上げた。


 笑おうとしたのだろうが、失敗したらしい。


「……行商人は、人との繋がりが宝っス。積み荷を盗まれたのは、大事な思い出が盗まれたみたいで……やっぱり、悔しいっスね」


 いつも元気だからといって、落ち込むことのない人間などいない。

 いつも笑っているニィナとて、エメラルドの瞳を濡らすこともある。


「旦那と別れるのは寂しいっスけど、ニィナすぐに戻ってくるから――」


「ああ。ではそれまでに、必ず積み荷は取り返しておいてやる」


「……えへへ。いつもムッツリしてるけど、旦那って優しいっスよね」


 この程度の約束でこいつが笑顔に戻るのなら、安い約束なのだろうと思う。




 すぐに発つというので、食事を終えて街の出入門まで見送りに行く。


 さっき来たばかりだというのに慌ただしい女だ。


「あっ旦那ー! ニィナが戻ってきたとき、女の子とか連れ込んでちゃイヤっスよー!」


 振り返って叫びながら、ニィナは手をぶんぶんと振っている。

 人の往来が激しい場所で何を言ってる、あいつ。


 返事を返さないでいると、


「この紋様があるかぎり、ニィナは旦那だけの奴隷っスから!!」


 シャツをめくり下腹部を露出させる褐色少女。

 周りの視線があまりに痛いので、仕方なく返事する代わりに片手をあげた。


 満足したのか、やがてニィナの姿は段々と小さくなり、見えなくなる。


「さて……」


 それではニィナとの約束を早々に果たして、家でのんびりするとしよう。


 オレの棲み家を知る四人組の冒険者か。


 手持ちのスクロールを確認しつつ、オレは家路の道をゆっくり辿っていく。

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