南国の街

 太陽がギラギラと輝いてます。


 暑い。

 めっちゃ暑いです。


 大陸の南に位置する王国アラキナ。

 噂には聞いてましたが、まさかこんなにも灼熱の大地だったとは。


「ふぅ、あっちいな。シエラもローブ脱いだら?」


「それがいいよ、汗かきすぎると倒れちゃうよ」


 熱帯特有の樹木が並ぶ街を歩きながら、さっそく薄着になったディンの提案に、ブレストプレートを外したソルも乗ってきます。


「……いえ、お構いなく」


 こんな街中でローブの下の変態そのものな格好、晒せるわけないでしょう?


 つーかこっちはオマエの趣味に付き合ってやってんですよソル。

 定期的にお金払ってもらいたいんですが。


「拙僧も賛成だ。シエラ殿の白き肌は、まこと宝石のように美しい」


 ハイマンは相変わらず気持ち悪い。

 コイツはとっくに上半身は裸になって、見たくもない筋肉を自慢気に披露しちゃってます。

 目に毒過ぎる。


 暑さと、無神経な男どものせいでアタシの不快感はぐんぐん高まる。

 汗で額に貼りつく金髪を、イライラと何度も直しました。


 それこれも全部、あの男のせいです。


「みなさん、アタシ達の目的、忘れてないですよね?」


「おう、もちろんだ! あの舐めた魔術師にひと泡吹かせてやろうぜ!」


 そう、あの魔術師。


 いえペテン師エイザーク。


 この街のどこかにいるんでしょ?

 どんなひどい目に遭わせてやろうか、それだけが今の楽しみです。




 アラキナ王国の王都、ここブレナは海沿いに面した街です。

 港には交易船がたくさん見えます。

 観光用のビーチなんかもあるみたいで、なるほど海で遊べばこの暑さも心地いいんでしょうね。


 王城は古い宮殿みたいな丸い形で、城門などもなく開放的な吹きざらしになってました。


 防衛意識とかどうなってんでしょう?

 あんなホラ吹きがのうのうと暮らせる街ですから、王も平和ボケしてるんですかね。


 でも、なかなか趣があっていい街です。

 ペテン師を住まわせるにはもったいない。


 観光もしたいところですが、アタシの目的はエイザーク。

 まず冒険者ギルドに向かいます。


「あん? エイザーク? ああ、たしか奴なら海岸近くの別荘帯に住んでたような」


「別荘?」


「金持ち連中の遊び場だな。小高い場所にあるから見晴らしもいいし、街のデートコースにもなってるよ」


 なんですか、それ。


 アイツに対する殺意が激しく上昇します。


 ですが、さすがペテン師らしく人を騙して金を得てるんでしょう。

 痛めつけた上でそれも奪っちゃいましょうか。


「……ところで嬢ちゃん、魔術師? めずらしいね、良かったら俺とパーティー組まないか?」


 わざと・・・はだけさせたローブの胸もとを覗き込みながら、腹の出たオヤジは下卑た笑みを浮かべます。


 こういうことがあるから、初めて訪れる冒険者ギルドにはあえて・・・一人で入るんです。


「えー? オジサマ、ちゃんとアタシを守ってくれます?」


「あ、当たり前だろ! 俺ぁ腕っぷしには自信があんだ、嬢ちゃんの背中守ってやるよ!」


「あは。オジサマの腕、すっごい太いですね♡」


 毛だらけの腕をすりすり擦ってあげれば、オヤジは鼻息荒く大興奮してます。


 気持ち悪いにも程がありますね。


 アタシはギルドからオヤジを連れ出し、夕暮れになった街の暗い路地へと誘いました。


「お、おいこんなところでか? せっかくだし宿で楽しもうぜ?」


「ダーメ。宿まで我慢できません、アタシ♡」


「……へへ。そこまで言われちゃ、しょうがねえな」


 オヤジは汚ならしい体を密着させて、腰に手まで回してきやがります。


 吐きそう。

 早くしろ、ホント使えないヤツらです。


「あれ? おいおい、おっさん何やってんの?」


「あ? な、なんだおまえら」


 路地に踏み込んできたディン達パーティーメンバーが、逃がさないようオヤジを取り囲みました。


「困るなぁ、うちの紅一点に手を出されちゃ」


「女! てめえ騙しやがったな!?」


 騙した?

 人聞きが悪いですね。


 憤慨するオヤジを冷ややかに見返してやります。


「うまい話にリスクはつきものでしょ? 仮にも冒険者なら当然理解できますよね?」


「くそっ! ……いくら払やいいんだ!?」


「そんなの全部です。ぜ、ん、ぶ。悪評広まっちゃったら、ホームで冒険者なんてやり辛くなっちゃいますよ? オジサマ♡」


 旅の資金を稼ぐのに、手っ取り早いのはやっぱりこれに限ります。




 オヤジから聞いた別荘が建ち並ぶエリアへやってきました。

 もうすっかり夜です。


 めちゃくちゃ疲れてますが、これもエイザークにぶつけてスッキリしちゃいましょう。

 アイツの棲み家の詳細は、近くの酒場で聞き出してあります。


「ここがあいつの家? まじかよ……」


 田舎のせせこましい家で暮らしてたディンが呟きました。


 洒落たログハウス風の二階建て。

 アタシの屋敷には劣りますが、この大きさで海も一望できる立地を考えると、値段も相応じゃないですかね。


 広い庭には光るクリスタルがいくつも設置され、夜の闇の中、家は青く浮かび上がってます。


 綺麗ですが、生意気極まりない。


 乱暴に扉を叩くディンですが応答はありません。


 不在?

 アタシ達より先に火山の町を発ったはずなのに、どこほっつき歩いてんでしょうか。


 とりあえずハイマンに指示を出し、扉を蹴破ってもらいました。


「……へえ、なかなか良い家だね」


 名家生まれのソルが言うんですから、たしかに良い家です。

 広くて内装もお洒落。


 リビングにはふかふかのソファと大きな暖炉。

 天井のシーリングファンに付いたライトが部屋を照らしています。


 木製のテーブルには開閉できるランプみたいなものが置いてあって、横にあった香木に火をつけて中へ放ってみました。


 漂い始める香りに癒されます。


 エイザークのくせに……

 ホント生意気な男です。


「ここから二階に上がれるようだ」


 ハイマンに続き、アタシ達はぞろぞろと二階へ。


「うお、でけえベッド!」


 寝室のようです。

 部屋のスペースのほとんどを占める、天蓋付きのベッドが存在感を放ってます。

 シーツも綺麗っぽい。


 ここまで見て、アタシは決めました。


「ねぇみなさん、ここでアイツを待たせてもらいましょうか」


 下手な宿に泊まるより、よほどマシですし。

 ここにいれば戻ってきたアイツと行き違いになる心配もありません。


 みんな快く賛成してくれました。


「でさ、シエラ。このベッド二人は余裕で寝れるし、寝室は俺とシエラで――」


「ここはアタシが使わせてもらいますね。みなさんもお好きなところで休んでください」


 男連中をシャットアウトするように寝室のドアを閉めました。


 窓を少し開け、潮風に当たりながらローブを脱ぎます。

 体に巻いているおぞましい布も取って、裸でベッドに身を投げました。


 かなり汗をかいちゃったけど、アタシの汗を吸ったシーツとか、男にとってはご褒美みたいなもんですよね。


 お風呂はあとで。

 今はとにかく、疲れた体を休めたい。


「はぁ……気持ちいい」


 月明かりだけの薄暗い部屋で、シーツにもぞもぞと包まりました。


 早く帰ってきてくださいねエイザーク。

 アタシもう、体が疼いちゃってしょうがない。

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