身体でお支払い
ニィナが出入り口をぴったり閉じてしまったので、テント内部には熱気がこもっている。
正直暑くてしょうがない。
雑多に置かれた物を隅っこに移し、言いつけ通りシートを広げるニィナ。
こいつは何を思ってか、さっきから香など焚いてシートの周りに並べてやがる。
しかも黙々と。
「おい、ニィナ」
「旦那、慌てないでくださいっス。女の子はね? 準備が色々あるんスよ……?」
準備はわかったが、なぜ子供をあやすように頬を撫でられたのだ、オレは。
勿体ぶって、ニィナはゆっくりシャツのボタンを外すと、片腕で乳を隠しながらシャツを脱ぐ。
テント内が蒸されているためか、日焼けした肌に玉の汗を浮かばせ、ニィナは赤く染まった顔でハァハァ息を荒げつつシートへ仰向けになった。
何度も言うがたまらなく暑い。
ニィナの上気した肌から、ほんのり立ち昇る湯気まで見えるほどだ。
言葉を発するのも億劫で、オレとニィナは互いの息づかいだけを聞き、しばし見つめ合ってしまう。
「旦那……いいっスよ」
なんだか妙な空気だが、まあいい。
「よし。ではいくぞ」
目をキュッと閉じるニィナに跨がり、オレは短いスカートに手をかける。
「ちょ、ちょっと待ってくださいっス旦那!? い、いきなりそっちから?」
「おい、手を離せ。泣くほど怖いなら目をつむっておけ」
「うぅ……絶対、絶対優しくしてくださいっス!」
ニィナが訴えかけるような涙目を再び閉じたので、さっそくスカートを少しずらして下腹を露出させる。
「ひっ!?」
ただそれだけで全身がビクンッと跳ね、ガクガク震える足はピンと突っ張った。
手は赤子のように力いっぱい握りしめている。
これほど怯えられるとは、やりにくいな。
そう思いながらも、オレは魔術書を開いて自らの足もとへ置く。
魔術はとにもかくにも実践あるのみ。
「ふむ……図解によると、こんな感じか」
人差し指に魔力を込め、柔らかそうな腹に触れるか触れないかの距離を保ち、紋様を描いていく。
「なんかぞわぞわっ。旦那、ぞわぞわするっス!」
あまり複雑な形ではないが、紋章術など扱うのが初めてなので難しく感じる。
下腹にまずハートのような紋様を描き、それに植物の蔓みたいなものを絡ませる。
「あ……でもなんか、お腹が温かい。ニィナ初めてなんで怖かったっスけど、ちょっと心地いいかも」
「いちいち実況しなくていいぞ」
うるさくて集中できん。
というかさっきから、一人でなにを言ってるんだこいつは。
ハートに巻きつけた蔓を左右に伸ばし、さらに二つの小さなハートを括るように描いていく。
要は真ん中の大きなハートを、両端の小さなハートで挟んだ感じだ。
あとはこれに魔力を込めれば――
「あっなんかジュワって、ジュワって熱い! でも全然イヤな感じじゃなくって、むしろ! その、もっと続けていいっスよ? あっ、ほらまた!」
「本当にうるさいなおまえ!」
かくして、それなりに時間をかけた心身呪縛の紋様は完成した。
「うっわ。旦那、ニィナのお腹にこんなの描いてたんスか!」
「他に何をしてると思ってたんだ」
ニィナはもう立ち上がってシャツも着ているが、よくよく考えれば元からこいつはへそを出した格好だった。
べつに脱がせる必要はなかったな。
汗ばんだ褐色の肌、その下腹部に描かれたハートの図形。
どこか品が無い気がするのは思い過ごしか。
ともかく、この紋様を刻まれた者は術者に決して逆らえないらしい。
ということは、ニィナがオレに対して害を与えるような行動を取れば、なんらかの抑制効果が現れるはずだ。
ぜひ効果のほどを見てみたいが。
「ニィナ、オレに反抗してみろ」
「え? 反抗?」
「そうだ。勝手におまえの下っ腹にそんな紋様刻んだんだぞ? 何かしら思うところがあるだろう」
「んー。ニィナ、旦那に感謝こそすれ、不満に思うことなんて何もないっスよ」
「…………」
それじゃあ効果がわからないだろうが。
ニィナは下腹に描かれたハートをなぞりながら、うっとりと呟く。
「それにこれ。なんか、ニィナが旦那の所有物にされちゃった感じするっス♡」
「……そうか。じゃあ、オレ帰るな?」
「ちょ、ちょ!? 待ってくださいよ旦那っ!」
テントを出ようとするも、ぐいぐいローブを引っ張られて足を止めた。
術の効果も確認できんのでは、もうここにいる意味はない。
「これから旦那はどこ行くんスか?」
「アラキナ王国だ。王都に帰る」
「王都っスかー。じゃ、ニィナも王都までお供しよっかな! 商品仕入れなきゃっスから」
「まあ、好きにしろ」
「はいっス! あ、テント片しちゃうから待っててくださいよー?」
暑いから外に出て待つことにした。
心地いい風にさわさわと顔を撫でられ、目を細めてホッと息を吐く。
紋章術、心身呪縛の紋様か。
やはりオレに恨みを持つような相手でなくては、よく効果がわからんな。
都合よくそんな奴がいるといいんだが。
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