二枚舌の真相
両翼から迫るゴブリンとリザードマンの大群に、ニィナは慌てふためきながらオレの行動を見守っている。
オレは鋏の刃を縦に、舌へがっちりと挟んだ。
「えっ? ちょ、旦那――」
思いきり鋏の柄を握りしめた瞬間、バヅンッ! と舌が裂けて脳に電撃が走る。
「ぐおッッ!!」
「なにやってんスかああああ!?」
せっかく癒着したのに、何度やっても痛い。
口先だけの魔術師。
嘘つき。
様々に揶揄されるが、これこそが【二枚舌】の真骨頂。
一部には【蛇】などと呼ばれる理由も、この舌を見れば誰もが納得するだろう。
「あああ旦那~! 治療、治療しないと」
「どいてろ……っ」
口からボタボタ垂れる血もそのままに、ニィナを押しのけ詠唱を開始する。
「――“
片手をゴブリンの軍勢に向け、もう片方の手をリザードマンどもの直上へと向けた。
「な、なんか、旦那の声が二人分聞こえるっス!?」
それはそうだ。
裂いた舌を別々に動かし、二つの魔術を同時に詠唱しているんだからな。
「“
平原に吹く風が、渦を巻いてオレの手の内へ集積されていく。
ギュルギュルと圧縮され、今にも解き放てと叫ぶ風を必死で押さえつける。
「あわ、わわ、か、風が!? スカートが~!?」
反対の手の上空には厚い雲が広がり、暗雲をパリパリと青い稲妻が駆け回る。
雲は、空気中の水分を魔力で蒸発させて作り出したものだ。
もはや二つの魔術を阻むものなどなにもない。
「“
魔神すら打ち倒した魔術の秘技を受けろ。
まずはこっちからだ、散れゴブリンども――
「――“
オレが放った風の圧塊が、200を超えるゴブリン集団の先頭、羽飾りの帽子を被った小鬼にぶち当たる。
「ひぃ!?」
腹の底まで響く爆発音に悲鳴をあげるニィナ。
集団を包むように広がった暴風は平原の草も大木も根こそぎ引っこ抜き、ゴブリンどもを細切れにしながら吹き飛ばしていく。
オレはすぐさま振り返り、手を空へ掲げる。
次はこっち――
「――“
雲を這う幾百もの稲妻が、落雷となってリザードマンに降りかかる。
「いやあああああ!?」
目に焼きつくほどのまばゆい閃光に、ニィナは頭を覆い隠してうずくまった。
雷撃はリザードマンどもを貫いて天と地を繋ぎ、落ちた雷は地を伝って次から次に魔物へ跳び移っていく。
やがて動くものがなくなった頃、大地は真っ黒に焦げ伏せたリザードマンの死骸で埋め尽くされていた。
焦げ臭さに思わず鼻をつまみたくなるが、暴風の残滓が渦を巻いて辺りの臭いを散らし、平原は浄化される。
「はあ、はあ……綺麗に一掃できたな」
魔力の消耗はともかく、割れた舌を別個に動かすのは意外に体力を使う。
草はらにペタンと座り込んでいるニィナは、ぼんやり周囲を見渡していた。
「な……な、な、なあああああっ!?」
そして絶叫した。
「なんなんスかっ!? なんなんスか旦那!? いったい何者なんスかっっ!?」
「肩をっ、揺らすなっ!」
前後に揺すられ、首がガクンガクンと跳ねる。
勢いあまって口内の血を「ぶへっ」と吐く。
「ぎゃあああ!? はやくその舌! 治療しないと痛々しいっス!」
テントの中。
正座したニィナの太ももに頭を乗せ、オレはだらしなく舌を差し出している。
「とりあえずポーションぶっかけったっス。あとはチョチョイと縫っちゃうんで、じっとしててくださいねー」
青い小瓶の液体がじわり、舌に浸透した。
ニィナもようやく緊張から解放されたのだろう。
柔らかい小麦色の太ももは、じっとり湿って汗ばんでいる。
「あ……でもどうせなら、くっつかないようにした方がいいスか? もしまた舌を切るとき、痛いっスよね?」
「くっついてかまわん。普段から舌が裂けてるとか、気色悪いだろうが」
「……旦那って変なとこ気にするんスね」
針と糸での応急処置が終わり、鏡で舌を確認。
ほう、割と上手く出来ている。
「あ、あの、旦那。ニィナ、本当になんとお礼を言っていいか……」
「礼なら言葉ではなく、わかるだろう?」
「も、もちろんっス! ほらこれ、旦那が欲しがってた魔術書! どうぞ持ってってくださいっス! えへへ」
笑顔で誤魔化しつつ、魔術書をオレに押しつけてくるニィナ。
「おまえ、たしか店にあるもの全部くれると言ったな?」
「うぐっ! そ、それは」
「なんだ? どうした? 商人のくせに約束を違えるつもりなのか?」
荷物になるうえ邪魔だからいらないのだが、うろたえる姿が面白いのでもう少し苛めてやる。
ニィナはあわあわと目をそらし、やがて思い詰めたような表情で手を後ろに組んだ。
豊かな胸を強調して、恥ずかしげに太ももを擦り合わせる。
「……そのー。か、体で払うとかだめっスかね? えへへー……」
……なるほど。
それは思いもよらない提案だった。
「な、なーんて! やっぱり――」
「いいだろう。ならば体で払ってもらおうか」
「……え?」
瞳をまん丸にしてニィナは静止する。
かまわずオレは指示を出す。
「そうだな、そこの青いシートを床に敷け」
「旦那、あの、その」
「早くしろ。敷いたら服を脱いで横になれ」
「――……~~っ!?」
指先で髪をいじくり、必死に冷静さを装っていたニィナの顔が、一瞬で赤く茹であがった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます