行商人の少女
ガンボル火山の一件から数日。
オレは馬車に乗って街道を進んでいた。
硫黄の臭いも、火山灰もうんざりとしていたし、なにより火竜の魔術とやらにはがっかりした。
もっとオレを昂らせる魔術は眠ってないものか。
その願望だけを胸に、幌をめくり馬車の行く手をじっと見据える。
そういえば、あの冒険者パーティーはどうなったかな。
くたばっただろうか。
奴らが全滅しようとどうでもいいが、あのシエラという女から足蹴にされた頬がまだ痛む。
もし今後会うようなことがあれば、大魔術で指の一本すら動けないようにし、たっぷりと踏みつけ嬲ってやろう。
まあ生きてる可能性は低いだろうがな。
思い直して、馬車を走らせる御者に声をかける。
「おい。この辺りでなにか、魔術の話はないか? 魔術書でも魔術を使う魔物でも、なんでもいい」
「魔術……ですかい? お客さん、冒険者?」
「あんなのと一緒にするな、魔術師だよ」
たまに冒険者ギルドを利用することはあるが、それで冒険者とひと括りにされちゃたまらない。
どんな依頼でも請け負う、なんでも屋。
あんなのは穀潰しがすることだ。
ガンボル火山での連中をよく知れば、なおのことそう思う。
自慢じゃないが、オレは筋肉もなければ体力もまるでない。
兵士や傭兵、肉体派の冒険者などに身体能力ではとても敵わないだろう。
奴らのように派手な鎧を纏うこともなく、せいぜいが安っぽいローブをひるがえすだけだ。
だが真理を探求するのが魔術師であり、そこに矜持を見出だしている。
信念ある兵士はともかく、そこらのゴロツキと大差ない冒険者とは明確にちがうのだ。
「魔術書があるかどうかはわかりませんが、少し行った先に行商人のマーケットがありますよ」
「行商人のマーケット?」
「年に一度各地の行商人が集まって露店やるんですよ。割と有名で人も多いはずです」
なるほど、行商人か。
掘り出し物が手に入る可能性はあるな。
オレは御者に進路の変更を申し出る。
「よし、そこへ向かってくれ」
「王都へのお戻りは大丈夫なんですか?」
「別に待っている者もいないからな。軽く見て回ったらまた声をかける」
「わかりました」
馬車は街道から脇に逸れ、悪路をひた走る。
そのせいで馬車の揺れは凄まじく、到着までさんざんに尻を痛めつけられてしまった。
◇◇◇
馬の手入れをすると言うので、一旦マーケット会場の手前で御者と別れる。
見渡す限りの平原だが、奥に見える一本木を目指せばいいとのことで、その通りに歩いていく。
少し生ぬるい風を浴びながら進めば、やがて大きなテントが視界に入った。
しかしテントは一張しか見えない。
オレは不審に思いながらテントへ近づく。
大木の木陰に張られたテントでは、一人の女が青いシートに仰向けで寝そべっていた。
「……ふむ」
肌は褐色。
栗色の髪を側頭で片方だけ結っている。
着崩したシャツは上から二つまでしかボタンが留まっておらず、豊かな胸の下側が三日月の形にはみ出ている。
膝より短いスカートのくせに足を組んでいるので下着は丸出し。
女のスウスウとした寝息に合わせて、露出した柔らかそうな腹がゆっくり上下していた。
「おい」
呼んでみるが起きる気配はない。
仕方ないので頬を平手でペチペチ叩く。
「おい、起きろ」
「ん……んん~ぅ……――はっ!」
いきなり大きく開いたエメラルドの瞳が、見下ろすオレの顔をじっと覗き込む。
ふと目をそらした女は微かに震えながら、
「ご……強姦魔?」
「違う。客だ」
もう一度頬を強めに叩いてやった。
「やー、お客さんっスかー。もっと早く言ってくださいよー。ここで純潔を散らされるって覚悟しちゃったじゃないスかー」
女はいそいそとシートを丸め、服に付着した埃を両手で払っていく。
シャツの開いたボタンはそのままなので、チラと見える下乳がぷるぷる揺れていた。
「あんな無防備に寝ていては、強姦されても文句は言えんぞ」
「ほんとっスよねー、気をつけます。旦那が紳士で良かったです。えへへー」
無邪気に白い歯を見せる女は、こほんと咳をして両手を大仰に広げる。
「ようこそニィナのお店へ! さあ見てってくださいそんで大量に買ってってくださいっ!」
ニィナと名乗る女は、どうやらテントの中へ案内する気のようだ。
しかしその前に聞きたいことがある。
「オレは、各地の行商人が集まるマーケットと聞いて来たんだが」
「はい! ニィナ昨年はユディール帝国からセマ運河、果てはダンジョンまで潜って来たっスよー? お宝いーっぱい!」
「おまえの話はいい。他の行商人はどこにいる?」
すると、ニィナは途端に目線をあっちこっちへ揺らし始める。
わかりやすい挙動不審だった。
「えーと、他の行商人は、いないっス」
「……なぜだ」
「か、帰らないでくださいね旦那! 話聞いても、帰らないでくださいね!?」
「ええい! わかったから離せ!」
小動物のようにオレの腕へ、必死ですがり付いてくるニィナの頬を突っぱねる。
こうして男に胸を押しつける行為が流行っているのだろうか。
しかしニィナのボリュームは、あのシエラとかいう乳無しとは比ぶべくもない。
「実はっスね……ほら、あっち見てくださいっス」
ニィナが指さす方へ顔をやると、平原の向こうに小高い丘がある。
「あの丘の辺りにゴブリンの巣があるっス。奴ら、去年よりすんごい数が増えてるんスよ」
「……なるほど、それで他の行商人は逃げ出したってことか?」
「それだけじゃないんス! 旦那、あっちを見てくださいっス!」
オレ達のいる地点を結んで、丘とは反対方向をビシリと指さすニィナ。
「あっちの湿地帯にある沼に、なんとリザードマンが棲み着いちゃったんス!」
リザードマン。
ゴブリンと同じく集団で人間を襲う魔物だ。
一匹一匹なら問題はないが、巣ともなれば近くで商売なんぞやってられんだろうな。
ニィナもあからさまに肩を落としている。
「それで、行商人仲間で話し合って、今年のマーケットは中止にしようって……」
「事情はわかった。だが、おまえはなぜここで店を開いている?」
「それは……旦那みたいに中止になったこと知らないお客さん、いるじゃないスか。もしそんなお客さんが来たとき、店が一軒もなかったらショックだろうなって」
危険をかえりみずに商売か。
商人らしい女だ。
「ふむ、ちんちくりんのくせに商魂たくましいな。立派じゃないか、贔屓にしてやろう」
頭にポンと手を重ねれば、ニィナはパッと顔を輝かせた。
「褒めてくれるんスか!? えへへ、嬉しいっス! さ、さ、旦那。せっかく来たんスから商品見てってくださいよー!」
ちんちくりんを流す所を見るに、前向きな女なんだろうな。
悪くない。
あの陰険ヒモ女よりよっぽど見所がある。
「ああ、見せてもらおうか」
ニィナに誘われるまま、オレはテントを潜った。
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