第3話 田舎村
これは私が今まで知らなかった世界をかいまみた物語である。
ガタン、ゴトッ、
群馬県の山奥の舗装もされてない道を古い車が走っている。
今日は群馬県の集落でのフィールドワークに行ってきた。
年寄りというのはやはり話が長い。こちらの質問に対して何年も前の出来事にさかのぼって話し始める。話の中で3割知りたい事が聞けたらいいほうだ。そんなことを村中でやったので帰るのが遅くなってしまった。おかげで車内はブーイングでいっぱいだ。
「先生―、何時ごろつくんですか?」
彼の名前はゼミ生。私のゼミが一番らくそうという理由で入ってきたらしい。普段はよくサボるが、単位は欲しいらしくこうやって補講代わりのフィールドワークについてきてギリギリ単位を落とさずにすんでいる
「大丈夫、集落を出る前に近道を聞いたから、行きよりも早く帰れるよ」
「いや、ずっと獣道じゃないすか。本当に大丈夫なんすか」
「本当に大丈夫だって。あのおばあさん、話は長かったけど親切そうだったぞ。うおっ!」
そんなことを言っているといきなり目の前に人が現れた。慌ててブレーキを踏んだのでぶつかりはしなかった。学生と共に急いでおじいさんに駆け寄り声をかける。
「おじいさん、大丈夫ですか?」
おじいさんの言葉はなまりがきつかったが、標準語だと
「わしは大丈夫だが、君らは何でここにいるんだ?」という感じだろう。
「私たちは射那珂村に調査に来た者です。ここが国道への近道だと聞いたのですが」
「なに言ってんだ、あんたら。この道を進んで行っても行き止まりだぞ。どこでそんなこと聞いた」
「村の田中っておばあさんに教えてもらったんですが…」
「あー、あの田中のばあさんか…、あのばあさんもそろそろボケがはじまっとるんだ」
「えっ、まじかよ。じいさん、俺ら今日中に京都に戻りたいんだけど」
「あー、それは難しいかもな。ここから京都に行こうと思ったらこの獣道を戻ってまた数時間かかるぞ」
「そんなにかかるんですか。来た時と変わらないな…」
早く帰れると思ってただけに落胆も大きい。
「あぁ、よかったら村に止まっていくかい?」
「いいんですか!」
「なあに、村のもんが迷惑かけたんだ。遠慮はいらねぇよ。それに明日は村祭りがあるんだ。人が増えて賑やかになってこちらもうれしいよ」
「じいさん、祭りってことは屋台とかあるのか?」
「もちろんあるぞ。しかも無料で食べ放題だ」
「先生!ここはお言葉に甘えるべきすよ!」
「まったく、きみはこういう時ばかり…。じゃあ、お世話になります」
正直なところ、私も村祭りというものに興味があったので泊まることには賛成だった。
「はいよ、宿の代わりに公民館に案内するから乗せておくれ」
それから村に戻り、おじいさんが村人に事情を説明すると、村人全員に謝られてしまった。
そしておわびとして、山菜の天麩羅をはじめとした豪華な晩御飯をごちそうになった。
ただし村の養蜂場で作られた特製の蜂蜜酒だけは私もゼミ生も甘いものは苦手なので遠慮した。
そして次の日の朝も豪華な朝ごはんを出してもらえた。村人たちは祭りの屋台で出す物の試作だから遠慮するなと言っていた。しかし例の蜂蜜酒だけは変わらず勧められた。
食後の一服を済ませてから村祭りが行われるという神社に行ってみた。
この村の祭りとは
供物をのせた神輿を男衆が担いで村を周り、また神社に戻ってくる。それからご本尊に供物を捧げ、それから女衆の作った料理をみんなで食べる、というものだそうだ。
村人に祭りの話を聞いていると開始の時刻になった。小さい村なのですぐに周り終わったが、神輿が民家の前を通ると必ず住民が出てきて手を合わせて拝んでいた。
神輿が神社の前に降ろされると、中から昨日話を聞いた田中のおばあさんが巫女の姿をして出てきた。そして神社の真ん中にしかれた白い布に座った。
おばあさんが座ると神輿の先導をしていた神主が腰にさしたゆっくりと剣を抜きだした。
「ほぉー、珍しいな。あの聖剣で巫女を切ることで俗世から解き放ち、神のそばに仕えさせる、というわけか。しかし、仮の形とはいえ神社の境内で穢れにまつわることをするとは興味深い。おっ、ご神体が運ばれてきた…ぞ…」
そのご神体はなんとも名状しがたく、邪悪な見た目をしていた。撮影はえんりょしてくれといわれ、カメラを置いてきたのが悔やまれた。いや、あの像の姿を広めることにならなくてよかったというべきかもしれない。
「ちょっ、先生、なんすかあれ。すごく気持ち悪いんすけど」
「まあ、この村はいろんな宗教が合わさっているからな。そのせいだろ」
そう無理やり私は自分を納得させていた。
そんなことを話しているうちに神主が剣を抜き終わり、構えた。
「ゼミ生、これが終わったらすぐに帰るぞ」
そう小さく声をかけるとゼミ生は震えながらうなずいた。
その瞬間神主が刀を振り上げた。
(なんだ、この違和感は…、なにか、なにかおかしい…)
私はこのとき悪い予感がした。そして
「!、ゼミ生、車まで走れ!」
そう叫んで私は走り出した。ゼミ生も一瞬遅れて走り出した。
背後からは水が飛び散るような音と何かが倒れる音がした。
それからのことは良く覚えていない。気がつけば村からは遠くはなれており、何かが追いかけてくる、ということも無かった。
だが、私の奇妙な体験はこれで終わらない。後日、のどもと過ぎればなんとやら、であの村について調べ論文にして発表しようとして、あの村について改めて調べようとしたのだが、どの本にも地図にもあの村が載っていない。私たちは一体どこに行き、何を見てしまったのだ。
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