#03
コナー少佐からの通信は、キリナの苛立ちをさらに加速させた。
アルトリア軍は犯行グループの要求を受け入れるつもりはないが、犯人たちを取り押さえる算段も整っていないという。軍と警察はお互いに不信感を抱いており、指揮権を巡って揉め、突入部隊の編成で揉め、作戦の準備は遅々として進んでいなかった。
〈こんな時に、意地の張り合いなんてしてる場合ですか⁉ 軍も警察も市民を守る使命は同じなのに、それじゃ本末転倒ですよ⁉〉
キリナが言おうとした文句を、ミサが先に言ってしまった。自分で言いたかったとも思うが、違う言葉は思いつかない。
タイムリミットは刻々と迫っていた。コナー少佐は少々国際法に抵触するかもしれないが、バッカニア社独自の行動を開始することを伝えてきた。
〈こうなったら、あなたたちが爆弾を取り外してちょうだい?〉
「そんな、無茶言わないでくださいよ……第一、どうやって飛んでる飛行機から爆弾を外すんですか?」
〈機関砲で弾き飛ばすのよ。あなたたちの機体に搭載された機関砲は、単射モードに切り替え可能だったわよね? それで爆弾だけを狙いなさい〉
無謀だ……キリナは呆れて声も出なかった。しかし、ミサは乗り気らしく、〈ナイスアイデアですね!〉と指を鳴らす。
〈大丈夫、あなたたちならできるわ!〉
「うぅ……ウィルコ!」
こうなったら腹をくくるしかない。キリナはへその下に力を入れて、命令を復唱する。
「これよりノシュカ隊は、機関砲にて爆弾の除去を試みる……失敗できないね……」
〈必ず成功させましょう!〉
ミサの言葉を合図に、キリナは操縦桿を倒す。旋回して距離をとり、斜め後ろから主翼に接近する。しかし、旅客機の主翼に搭載されたエンジンポッドが射線に重なってしまう。
次に、真後ろから接近してみる。こちらは機首を上げる形になり、爆弾ごと主翼を打ち抜いてしまう。旅客機には傷をつけず、爆弾だけを削ぎ落さなければ意味がない。
〈じゃあ、背面飛行ならどうですか? 垂直尾翼がぶつからないので、より旅客機に機体を寄せることができます!〉
ミサの提案に、キリナは「ふざけないで!」と怒鳴りそうになった。だが、時間は残り少ない。どうせ後悔するなら、試してからの方が良いだろう。
「ああああ、もうッ! どうとでもなれッ!」
キリナは諦め半分、期待半分で機体を反転させる。今更ながら、キリナは自機の姿勢制御システムの優秀さを実感する。不安定な背面飛行の状態でも、ほとんど挙動がブレない。これならいけるかもしれない……!
旅客機の主翼に期待を寄せ、爆弾を正面に捉える。キリナは慎重に操縦桿を動かし、爆弾に照準を重ねる。
「今だッ!」
機体の揺れが止まった一瞬、キリナはトリガーを引く。自機の主翼の付け根からオレンジ色のマズルフラッシュが迸り、爆弾が姿を消す。遅れて、雲の下で二つの爆炎が咲いた。安全装置が作動し、落下中の爆弾が自爆したのだ。
〈やりましたね!〉
ミサが嬉しそうな声とともに機体の姿勢を戻す。一方のキリナは、まだ気を緩めてはいなかった。
「いや、まだやることはある!」
キリナは進路を反転させ、旅客機から距離をとる。
〈何をする気ですか?〉
「戦闘機の上からじゃ手は出せないけど……」
距離を稼いだところで再び反転し、スロットルを押し込む。加速しながら、旅客機に突進する。
「風なら出せる!」
キリナは超音速で旅客機の主翼の下を飛びぬける。その瞬間、先ほどの少女たちと目が合った。
後は任せたよ……胸中に呟いた直後、キリナの機体が発生させた衝撃波が主翼にぶつかる。圧縮された空気に下から突き上げられ、旅客機は大きく傾いた。
*
翼の下を戦闘機が猛スピードで飛びぬけた直後、「ブゥン」という鈍い音とともに、客室が大きく傾いた。ユウカは咄嗟に座席のひじ掛けを掴み、投げ出されそうになる身体を支える。
他の乗員・乗客も手近なものにつかまったが、客室を歩き回っていたハイジャック犯たちは対処が遅れた。姿勢を崩し、床に倒れ込む。何人かは受け身をとろうと床に手をついた時、うっかり銃を手放してしまった。
「今だ!」
乗客の一人が叫ぶ。それを合図に、乗員・乗客たちは一斉に立ち上がり、ハイジャック犯を取り押さえにかかった。
「コノヤロー!」
ユウカも体をばねのようにして飛び上がり、一番近くにいた狐仮面に飛びつく。腹の上に馬乗りになり、さっきのお返しをしようと拳を振り上げる。だが、その前に別の誰かが狐仮面の首に腕を回し、殴るタイミングを逃してしまった。
狐仮面は次々と掴みかかる乗客たちに手足を押さえられていく。必死に手足をばたつかせると、彼が手にしたリュックサックが床に投げ出された。空いた口からは、乗客から没収した携帯電話やタブレットがあふれ出す。
ユウカはその中に、フィービーの携帯電話を見つけた。すかさず拾い上げ、中を確認する。画面に少しヒビが入っているが、写真は無事だった。
「よっぽど大事なんだな……グハハ」
狐仮面が苦しそうな声で笑う。狐の仮面をはぎ取られて、やせこけた素顔が露わになっていた。
ユウカは彼を見下ろし、画面カバーの写真を見せつける。
「これは返してもらうよ!」
それは勝利宣言のつもりだった。
「お義姉ちゃん!」
フィービーが腰に抱き着いてくる。ユウカは彼女の背中を擦り、写真を見せる。
「ほら、写真は無事だよ……」
「良かった……」
ホッとしたように息をつき、フィービーは携帯電話を抱きしめる。
ちらりと、窓の外にさっきの戦闘機が再び姿を現す。その翼には、怒ったような顔をした髑髏のマークが見えた。まるで、海賊旗みたいだ……いや、空賊かな?
「ありがとう、空賊さん……」
ユウカがそう呟くと、戦闘機は腹をこちらに向けて離れていく。聴こえているはずはないのに、何故だかユウカの言葉がパイロットに届いたように思えた。
――終わり――
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