#02
前の方から、狐仮面が歩いてくる。彼は乗客から携帯電話やタブレットをひったくり、次々とリュックサックに入れていく。ネコの仮面の女の指示で、電波を発信する持ち物を集めることになったのだ。
狐仮面がユウカの席の前にやってきた。ユウカは大人しく携帯電話とタブレットを差し出した。
「そっちのガキは何か持ってるか?」
狐仮面がフィービーの方を見る。ユウカは慌ててフィービーに携帯電話を出すように言った。
「フィービー、携帯出して。お兄ちゃんが預かるってさ?」
だが、フィービーはポーチの口をしっかり握って、中々携帯電話を出そうとしない。狐仮面がまた銃で肩を叩き始める。
「大丈夫、後で返してもらえるから……」
「うぅ……でも……」
「とにかく出しなさい!」
ユウカは少し強引にポーチを取り上げ、義妹の携帯電話を取り出す。その拍子に画面カバーが開いて、中身が見える。身分証などを入れるポケットに、家族四人が肩を寄せ合った写真が挟まれていた。
養子縁組が成立して、新しい家族の歓迎パーティーをやった日に撮った写真だ。ユウカの脳裏に、照れくさそうに『お
「早くよこせ!」
狐仮面がフィービーの携帯電話を掴む。ユウカは「待ってください!」とすがりついた。
「写真を……写真だけでも取り出させてください!」
「ダメだね!」
狐仮面の拳が、ユウカの鼻面に叩き込まれる。ツンと鼻の奥がきな臭くなり、遅れて生温い血が鼻から流れ出た。
「殴ったね……
手の甲で鼻血を拭い、ユウカは狐仮面を見上げる。
「写真ねぇ……」
狐仮面はクスクスと笑いながら、家族写真を見ていた。
「そっちのガキとお前は姉妹なのか……でも、四人家族でお前だけ人種が違う。養子ってことか……」
「血の繋がりがなくたって、私にとっては大切な家族なんだ……返せよッ!」
ユウカは再び狐仮面に掴みかかる。だが、今度は拳よりも硬いものがこめかみの少し下を打った。それが銃の肩に当てる部分だと気付く前に、続けざまの膝蹴りがみぞおちにめり込む。
痛みに呻き、ユウカは座席の上にうずくまる。
「お義姉ちゃん!」
フィービーが心配そうな声を出す。
「へっ……心配しないで……これくらいへっちゃらだよ……」
「でも、鼻血が……」
フィービーはポケットティッシュを取り出し、ユウカの鼻を押さえくれた。ユウカは義妹の頭を撫でてやる。
「ありがとう……」
狐仮面は二人の様子を見て、「感動的だな……だが無意味だ」と吐き捨てる。それからまた携帯電話を集めに客室の後ろの方へ歩いて行った。
後でブッ飛ばす……ユウカは心の中で呟き、狐仮面の背中を睨みつける。
*
旅客機を発見したノシュカ隊は、まず操縦室と通信を試みる。
「こちらは、バッカニア社のノシュカ隊。状況を報告してください」
数秒の間を置いて、返事が来る。
〈アルトリア空軍じゃないんだな? フン……人の命が関わってるってのに民間委託とは、アルトリアも堕ちたな!〉
どうやら、操縦士に代わってハイジャック犯の一人が話しているらしい。
「あなたたちの要求を受け入れるかどうかは、現在協議中です。私たちの任務は乗客の安否を確認することです。ケガをした人はいますか?」
キリナは攻撃的な言葉を使いたくなるのを堪えながら、ハイジャック犯に語りかける。
〈そんなことは知らない。まぁ、俺たちは無益な殺生は好まないんでね。死人は出てないと思うが?〉
その言葉は信用できない。キリナは旅客機に機体を寄せるよう、ミサに指示を出す。
「客室の窓から中を確認します。よろしいですね?」
〈好きにしろ……どうせお前たちには手出しできない〉
そう言って、ハイジャック犯は通信回線を閉じた。好き勝手言ってくれて……キリナは胸中に吐き捨て、奥歯を噛みしめる。
キリナとミサは二手に分かれ、左右から旅客機に接近する。相対速度を合わせ、後ろの方からゆっくりと窓を覗いていく。
〈左側からは負傷者は見つかりません。乗員・乗客は全員座っていて、犯行グループらしき覆面集団だけが立っています〉
ミサの報告を聴きながら、キリナも客室の窓に目を凝らす。
主翼の上の窓から、小さな女の子が顔を覗かせていた。彼女は不安そうな表情で外を見ている。
「大丈夫。必ず助けるからね……」
聴こえているはずはないが、キリナは励ましの言葉を口にする。そして、ウインクをするようにモールス通信用のランプを点滅させてみた。キリナの気持ちが伝わったのか、女の子がパッと笑顔になる。
ふと、女の子の向こうに少し年上の少女が見えた。彼女は女の子に促されて、窓に顔を近づける。キリナは少女の鼻に丸めたティッシュが突っ込まれ、こめかみの下あたりにアザがあるのことに気付いた。
「ノシュカ1、負傷者を発見。右翼付近の座席。推定十代の少女。鼻血が出ていて、銃床で殴られたような痣もある……」
〈顔を殴られたんだ……痛かったろうに……〉
ミサが悲痛な声を漏らす。
キリナは再び通信回線を開き、ハイジャック犯に呼びかけた。
「こちらノシュカ隊。負傷者がいるようですが、手当はもうしたんですか?」
〈ただの鼻血だ。大したことはない〉
意外にも、すぐに返事が来た。
「
〈そうだよ。手を上げた仲間は膝蹴りも食らわしてやったと言っている〉
「グッ……やってくれたなッ! 氷嚢なり保冷材なり、患部を引させるものを渡してやれッ! 今すぐッ!」
〈解ったから怖い声出すな。機内食用の冷蔵庫の中から、適当なものを渡しとく……〉
それからハイジャック犯は仲間に指示を伝える。通信回線が切れる直前、〈俺キャラメル味な〉という声が聴こえてきた。無関係の人々に恐怖を与えながら、連中はアイスクリームを漁っているのか……⁉
「バカにしてるッ……!」
〈全くですね……〉
ミサの声にも、静かな怒りが滲んでいた。
それからキリナたちは、ハイジャック犯が取り付けたという爆弾を観察するため、主翼の下に潜り込む。
事前の情報の通りの場所に、弁当箱くらいの大きさの黒い箱が張り付いていた。たったこれだけの量の爆薬でも、爆風と衝撃波を任意の方向に集中させることで、鋭い斬撃を発生させることができる――「風の斬鉄剣」というわけだ。
〈リモコン操作で脱落させることができるということは、そこまで頑丈に固定はされていないようです。ほら、爆弾本体と主翼の間に連結部分が挟まってます〉
ミサが送ってきた画像が、キリナの前のディスプレイに表示される。確かに、爆弾は連結部分を介して取り付けられ、直接機体とは触れていないのが見て取れる。
「けど、爆弾を投棄するには、犯人が持ってるリモコンからの操作が必要だよ……やっぱり、私たちにはどうしようもできないよ……」
キリナはやり場のない思いを込めて、拳を握りしめる。こんな時に、キリナのチタンとカーボンの翼は何の役にも立たない。悔しいと言うだけでは言い表せない感情が、苦味となって口の中に広がる。
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