空賊ソニックブーム
赤木フランカ(旧・赤木律夫)
#01
「全員大人しくしろ! 少しでも長生きしたければ、俺たちの言う通りにするんだ!」
突然聞こえた怒声に、ユウカは肩を跳ねあがらせる。窓側の席に座っていた
ユウカは前の座席の背もたれから顔を出し、様子を窺ってみる。客室の前の方に、狐や猫の仮面を被った男女が立っていた。彼・彼女等が手にした黒光りする金属の塊を見て、ユウカは自分たちが乗っている飛行機で何が起こっているのかを悟る。
ニュース映像で兵士が持っているような、大きく厳めしい銃――アサルトライフルだ。彼・彼女等はその銃口を乗客たちに向け、「言うことを聴け」「静かにしろ」と脅している。
ハイジャック……その言葉がユウカの頭をよぎった時、狐の仮面を被った男が、こちらに銃口を向けてきた。
ユウカとフィービーは思わず声を上げる。
「悲鳴を上げるな……神経が苛立つ……」
そう言った男の声は、静かな威圧感を宿していた。全く触れられていないのに、喉を締め上げられたように息苦しい。
ユウカは必死に悲鳴を飲み込むが、フィービーは叫ぶのを止めなかった。狐仮面は「早く鳴き止ませろ」と言いたげに銃で彼の肩を叩く。ユウカは義妹の口を押え、安心させようと肩をさする。
「フィービー、落ち着いて! 声出さないで! 大丈夫だから……きっと助けが来るから……」
どこから? 義妹をなだめながら、ユウカは自問する。飛行機は雲よりも高い空を飛んでいる。いくら警察の特殊部隊でも、飛んでいる飛行機に突入することなんてできるはずがない。助けが来ないなら、今は犯人たちの要求に従い、空港で解放されることを祈ろう。
猫の仮面を被った女が声を張り上げる。
「良い事を教えてあげよう? この飛行機には爆弾が仕掛けられている。翼の付け根に一つずつ。爆薬の量は少ないけど、起爆すればカミソリみたいな衝撃波が発生して、翼をスッパリ切り落とすことができる。そうすれば、皆仲良くあの世行きだ!」
客室内がざわめく。また狐仮面が銃を構え、乗客たちは静かになった。
「私たちの要求を受け入れれば、爆弾は遠隔操作で外してあげる……」
猫の仮面の向こうで、女の唇が歪んだように見えた。
「よ、要求は何だ⁉」
客室乗務員の一人が女に問いかけると、女はフッと鼻で笑って答えた。
「アルトリア軍が捕虜にしている私たちの仲間の解放。及びジュミナス弾頭を三発……今すぐ、これを軍に伝えなさい!」
*
〈キリナちゃん、ミサちゃん、聴こえてる⁉ 緊急事態よ!〉
無線から指揮官のボブ・コナー少佐の切迫した声が飛び込んできた。キリナたちが哨戒飛行の途中で、空中給油を受けているときだった。
〈旅客機がエコ・テログループ『緑の防衛軍』によってハイジャックされたと、連絡があったわ。ハイジャック犯の狙いは、現在服役中の彼等の指導者の釈放と、ジュミナス弾頭三発……〉
「ジュミナスですって⁉」
キリナは思わず聞き返した。
ジュミナスは三種類の液体と、触媒であるユミウム合金を反応させる焼夷爆薬だ。戦術核に匹敵する熱を発生させ、半径一キロを焼け野原にしてしまう威力を持っている。それをテロリストに渡すことなんて、できるはずがない。
〈指導者とジュミナス弾頭の引き渡しは、三十分後に最寄りの空港で行われることになっているわ……それまでに要求が通らなかった場合、彼等は形成爆薬で旅客機の主翼を切断し、乗員・乗客を海に沈めると言っているの……〉
少佐の説明を聴いて、キリナは拳を握りしめる。
「全く、テロリストってのは……!」
僚機のミサが、食いしばった歯の間から〈ふざけてる……!〉と絞り出すのが無線越しに伝わってくる。彼女もキリナと同じ気持ちのようだ。
〈アルトリア空軍は私たちバッカニア社に応援を要請してきたわ。今、旅客機を助けに行けるのはあなたたちしかいない……〉
「けど、私たちに何ができるって言うんですか?」
キリナは指揮官に問いかける。戦闘機に乗っているとはいえ、できることは少なそうだ。短距離ミサイル四発と機関砲だけの軽武装だが、ハイジャック犯を相手にするには強力すぎる。
〈まずは、窓から機内を覗いて乗客の安否確認。それから肉眼及び機体カメラで旅客機を観察して、テロリストが取り付けたという爆弾の情報を収集してちょうだい〉
「了解!」
キリナが少佐の命令に応えた時、給油機から給油完了の通信が入る。ゆっくりと機体を減速させ、給油機との接続を解除。給油機と繋がっていたプローブを機首にしまうと、無線でミサに呼びかけた。
「これよりノシュカ隊は、ハイジャックされた民間機の救援に向かう! ミサちゃん、行くよ!」
〈ノシュカ2、了解! 乗客には指一本触れさせませんし、ジュミナスも渡しません!〉
意気込むように、ミサの機体が翼を振る。
キリナはスロットルレバーをグッと倒し、加速を開始する。ミサもそれに続いて加速。ノシュカ隊の二機は、最大推力で旅客機の元へ向かった。
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