Song.38 再度

 ホームルーム中、恭弥は鋼太郎にもらったどら焼きをずっと食べていた。それを篠崎に注意され、クラス中の視線を集める。しかし恭弥は、緩い返事をするだけで、食べるのをやめなかった。


「野崎……お前、一気にキャラが崩れたな」

「何が?」


 ホームルーム後、鋼太郎に言われた。だが、恭弥は何のことかわからず、ずっと食べ続ける。

 まる1日食べていなかった体。

 精神的、そして肉体的にも疲れたために、頭が求めていた栄養源を、好きな和菓子で補っていく。甘味が体に染み渡り、体力を回復させて再び体育館に向かう。


「おっそいぞー2人とも。片づけする前にもっかいやろうぜ!」


 体育館には、大輝、悠真そして瑞樹がすでに来ていた。

 ステージの幕は上がり、ステージに座って足を投げ出す大輝が、マイクを通さない声を発する。

 その直後に瑞樹がギターをジャンと鳴らし、悠真がキーボードを高い音から低い音へと流れるように弾いた。


「タフだな、あいつら。どうやら準備できてるみてぇだな。疲れてるだろうけど、やるんだろ、野崎」


 鋼太郎がステージ上を見るなり、腰に手をあてて胸を張る。


「やらないわけねぇよ。何べんでもやってやる」


 恭弥も今すぐ弾きたくて、体がうずうずしていた。

 なので、残っていたどら焼きを頬いっぱいになるまで詰め込むと、ゴミをポケットに入れてステージへ向かって走り出す。


「やっぱり、キャラが変わりすぎだろ」


 明るくなった恭弥を見て言った言葉は、恭弥の耳には届いていない。

 ステージへと上がった恭弥は、よけておいたベースを再び肩にかける。ずっしりと伝わる重みに、思わず口角が上がった。


「っし。やるぞ。今日やった曲、両方共だ」

「キョウちゃんやる気がすごいっ! 僕、頑張る!」

「っしゃ! 唄うぞー! 今度はちゃんと頭から唄うから! ハモッてハモッて!」


 恭弥の声に瑞樹と大輝はやる気を見せる。

 だが、残る2人の顔が少し硬い。


「何あれ。キャラ変? こわ」

「だよな。変わったよな。でもまあ、いい方向に変わったからいいかなって」


 悠真と鋼太郎でそんな話をしてすぐに、ドラムを叩いた。

 そうして始まる、放課後ライブ。

 観客はゼロ。

 広い体育館に彼らの音が、声が轟く。


 しっかりと閉めていたにも関わらず、漏れてしまった音に気づいた生徒たちがこっそり覗いていたいたのもつかの間、曲が進むうちにぞろぞろと体育館に人が集まってきた。


「みんなで騒ごうぜっ!」


 マイクを通して大輝が叫べば、生徒たちが手を振り上げ、声を出し、騒いで盛り上がる。

 全員が全身を使い、笑顔の時を過ごす。

 生徒たちの盛り上がりは、その場にとどまることを知らず、スマートフォンを通じて生徒たちに知れ渡ると、どんどん体育館へ吸い込まれるように生徒たちは向かっていく。


 それに気づいた篠崎が、何事かと体育館に向かった。

 そこでみた恭弥たちの2度目のライブ。思わず見とれてしまったものの、教師という立場上、注意せざると得ない。


「はぁ……あいつら、こんな音楽好きだったか? あんな嫌々だったくせに」

「まあまあ。今日ぐらいは大目に見ましょうよ。だって……」


 先に体育館へ足を運んでいた立花が、篠崎を止めた。

 そしてステージで輝く彼らを見る。


「あんなに楽しそうじゃないですか。今日初めて見ましたよ、彼らがあれだけ笑顔を浮かべているの」


 楽しそうに演奏する恭弥たち。物理室という狭い空間で練習しているときとは正反対の顔だった。

 教え子の変化に、立花は胸を熱くしていたのである。

 それは篠崎も同じようで、注意をすることなく、体育館の後方から手拍子をしながらライブを応援するのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る