Song.6 招集
お知らせと書かれていた紙に目を通す。
『7月7日土曜日。10時~13時、羽宮高校体育館にて開催。
吹奏楽部、書道部、演劇部、合唱部に加え、科学部による実験ショーも開催。さらに有志によるステージを予定』
そう書かれていた。校内の文化部は大方出るようである。
そして、今回篠崎が恭弥を招集させた理由も下に書かれている。それは、恭弥が最も避けてきたことをやれという内容だった。
「交流会で何をやろうってことなの? ……まあ! これは難しい、わね」
養護教諭がゆっくりと恭弥の手元を覗きこむ。
要約すると、『交流会でバンドをやりましょう』、そう書かれているのだ。それに向けたスケジュールまで細かく記されている。また、招集された人の名前もずらずらと並んでいる。
そして明日の放課後、どういうわけか物理室に来るように書かれていた。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……」
頭を抱えてこぼれた重く、深いため息は恭弥の気持ちとともに谷底に落ちていく。
☆
恭弥は篠崎に渡された用紙を片手に、放課後、物理室までやってきた。
もちろんここへ来たのは、自分の意思を伝えるため。別に放課後ではなく、休み時間でもよかったのだが、担任であるにも関わらず、どういうわけか篠崎と話すことができなかった。
朝と帰りのホームルームを終えた直後ですら、すぐに逃げられてしまい、今に至る。
どうして物理室なのか、という疑問。それを持ちながら、物理室の扉を開けた。
「おお、来た来た。ささ、これ持って座って座って」
クラス全員が収まる広さの物理室。そこにはすでに四人の生徒と、二人の教師。
生徒の中には、知った顔――瑞樹がいた。それにあの、ドラムの不明を見ていたクラスメイトもいる。
全員の視線が一気に向けられる。その目から逃げるように、篠崎から新たに渡された紙を持ってうつむいた。
「野崎くんですね。どこでも好きなところに座ってください。みなさん集まったので、説明を始めますので」
立ち尽くす恭弥に声をかけたのは、篠崎ではない白衣を着た教師、
冷たく低い椅子は、机と高さが合っていない。ガタガタと揺れる椅子にしかめっ面を向ける。
「はいはーい。野崎が来れば、俺が呼び出した人が全員集まったので、交流会に向けた説明をー……っと、どうした副会長。何か言いたい事ある感じ? 言っていいぞ」
篠崎が話し始めた直後、眼鏡をかけた生徒が一人、黙って手を挙げた。
発言の許可を得た生徒は、眼鏡の位置を正し、目にかかるほどに伸びた髪を耳にかけてから、口を開く。
「僕はやりたくない。それを言うために来たので、これで失礼します」
「え、ちょ、まっ」
すっと立ち上がり、帰ろうとするのを防いだのは、篠崎ではなく、立花だった。
ドアの前に立ち、「まあまあ」となだめるように言う。言葉は丁寧であるが、外へ出るのを防ぐように扉の前に立っており、行動は大胆である。
「やりたくないのが大半だと思うけどな、俺たち先生がお前たちを見込んで計画したんだ。ちょっとは考えてくれてもいいだろう?」
「……勉強があるので」
「わかるよ、わかるけど。でも、ステージに立つ機会なんてないぞ?」
「だとしてもです。僕は正直、人前になんて立ちたくない。ましてや音楽なんてやりたくない」
「ふぅー……今の高校生は冷めてるなぁ。生徒会副会長っていうのも中々人前に立つというのに。でも、一度。話だけは聞いて見なさいって。それめ一日考えてから、決めてみない? それからでも遅くないでしょ?」
篠崎の言葉と物理的に立花に押し戻され、眼鏡の生徒はしぶしぶ再び座った。
自分と同じ意見を持っている人がいることに安堵したが、今、同じようにやりたくないと言えば、全く同じことを繰り返すだけ。それがわかった。また、今日は聞いて、明日断ればいいのだ。そう思って頬杖をつく。
「よし。じゃあ、説明するぞ。まず、ここにいるのはそこに書いてる五人だ。よーく顔と名前を憶えろよ。で、知っての通り、交流会は文化部メインの発表会みたいなもんだ。だけど、それだけじゃあ時間が埋まらない。毎年有志が出てるんだが、今年はいなくてさぁ。ほんと、困ったものだよ」
そっちの困り事なんて知らない。
黒板前で話す篠崎から顔を逸らし、先ほどもらった紙を見る。そこには名前が五人分書いてあった。
『2年:
『1年:
『担当教員:
知った顔も知らない顔もあった。
「有志がいないなら、こっちがキャスティングしようと、立花先生と話し合って決まった! それで、ここにいる生徒たちでバンドやろうってな!」
どうしてそうなる。
思考回路が分からず、睨めばちょうど篠崎と目が合ってしまった。
篠崎はどうだと言わんばかりに笑みを浮かべている。
それに腹が立って、小さな舌打ちが出た。
「別に俺はミュージカルとかでもよかったんだけど、いかんせん、人が足らないし、予算もない。去年みたいに漫才でもいいが、かなり白けたからなぁ……やるなら全員が盛り上がるものにしたいと思って、バンドっていう形を選んだ」
篠崎が何を言っても苦しい言い訳にしか聞こえない。やるなら巻き込まず、勝手にやってほしい。
恭弥の目は誰もいない空間へと向けられる。
「せんせー! 俺、楽器できないでーす!」
声を大にして手を上げたのは、一番奥の席に座っていた男子生徒。
聞いたことのある声、そしてどこかで見たことあるような容姿。今日の記憶を脳内で再生させれば、すぐに思い出した。
(あいつ、今日、階段で落ちてたやつか)
度々見かけたことはあった。
それに、休み時間のたびに騒がしい声を出して、ふざけあっていたのを遠目に見たことがある。
うるさいし、なぜそんな行動をするのか理由がわからず、恭弥の中で関わりたくない人の中に含まれていた。
そんな人物がここにいる。それがストレスになる。ましてや、楽器が出来ない人物にバンドをやれ、など無謀だ。
「心配するな! 菅原が楽器が出来るなんて思ってないからな! お前はボーカルだ。声がいいと思うからな」
「歌! それならできそう! せんせー、俺やりまーす」
「いいねぇ! さすが菅原! 先生、やる気のある子は大歓迎! 他は? どう?」
やる気があることを確認した篠崎は嬉しそうだ。でもそれに対して、他の人の空気は悪い。誰も手を挙げず、黙るだけである。
「楽器ができるできないは、こっちで勝手に調べさせてもらった。菅原以外は、みんな楽器経験者だろう? それで選んだ選抜メンバーってわけ。明日、最終的にやるやらないの答えを訊こうと思うが……」
篠崎が目を輝かす菅原を置き、残る生徒たちの顔を一人ひとり見た。
覇気のない顔をしている4人は、逃げるように顔を逸らしている。
「うーん……こりゃ、難しいか……?」
頭を搔きながら篠崎は困った顔をする。
頷きすらしない四人へ向けて、今まで黙っていた立花が「ちょっといいですか?」と言ってから話し出す。
「僕も過去、バンドはやっていたことがあります。だから少しは気持ちがわかるつもりでふ。君たちは急にバンドをやれと言われて、できない、恥ずかしいと思うでしょう。ですが、音楽は全てを変えてくれます。みなさんの抱えているものを打ち砕くことも、聞いている人を動かすことも。またとない機会です。是非、ご検討くださいね」
立花の声が溶けていった。
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