オルタナ

夏木

Song.0 プロローグ


 じめじめとまとわりつく梅雨の日。

 喪服に身を包んだ人たちが、次々に訪れる式場。

 時間に余裕があるため、広いロビーに人がごった返す。


 鼻をすすり、ハンカチを濡らすほど悲しみに溢れたその場所から扉を挟んだ一室で、まだ十四歳の野崎のざき恭弥きょうやは、固い顔で祭壇を前に立つ。


 蝋燭の炎が揺らめく元で、柩の中に眠る人。

 その人物をイメージしたかのような青い花が、祭壇を彩る。

 

 そしてこの式が誰のために行われているのかを示す、祭壇中央に飾られた一枚の写真。

 そこに写るのは、紛れもない恭弥の父親だった。


 プロのアーティストとして、そして人気バンド『Multiaction Program』のベーシストとしてステージに立っていた実父、野崎のざき恵太けいたである。


 突然の死。

 写真なんて普段撮らないものだから、最新のアーティスト写真を拡大し、遺影として使った。

 だからなのか、家で見るような親父臭さはなく、随分と美化されている。


 最後に恭弥が父に会ったのは、亡くなった日の朝。

 これから打ち合わせがあるから行かねばならない。その背中を見送ったのだ。

 作詞作曲から編曲、楽曲提供まで幅広く行っていたので、毎日とても忙しそうだった。


 実の息子に構っている暇がないほどに。


 物心つく前に母親も亡くなっているため、父と祖父母と共に暮らしてきた。

 授業参観はいつも祖母。だけど、音楽会は必ず父がコッソリと見に来た。

 運動会では、祖父母に父、さらに父のバンドメンバー全員が参加。何処の家にも負けない賑やかさが恥ずかしかったけど、嬉しかった。


 そんな日々を送っていたから、寂しいという思いはしたことがない。

 

 例え父と話す機会が少なくても、活躍する姿を色々なところで見ることができたから。


 ステージに立ち、楽しそうに弾く姿。

 その曲が多くの人の原動力となっている。


 父の作り出す曲が好きだった。

 大勢の人を動かす父が誇らしかった。憧れていた。


 だから、父のようになりたかった。



 曲を作り、最高傑作ができたら父に聴かせてビックリさせよう。

 そう決めたのは、小学校へ入学する前のこと。独学で学び、機械音声である『AiS』を使って曲を作っては、動画サイト『iTube』にアップロード。


 他者からの評価を受けて成長した恭弥は、決意から八年目。試行錯誤のすえに、満足のいく曲を作り上げた。


 それを仕事へ向かう父に渡した。

 たった一曲。

 全ての想いを、技術を込めた曲を。


 感想がほしかったけど、恥ずかしかったから、後で聴いてほしいとUSBに楽曲データを入れて渡した。パソコンがない場所では聴けないように。

 

 受けとった父は、楽しみにしていると行って仕事へ向かった。

 それが最後の姿。


 その日の夜、父は死んだ。

 仕事の打ち合わせをし、練習を終えて帰るときに。

 車両同士による事故だった。

 まだ幼い恭弥に、事故の理由は詳しく伝えられなかったが、頭を強く打ったことが原因で亡くなったということだけは教えて貰った。


 不思議と泣けなかった。

 代わりに、一つの考えが頭をよぎる。



 ――音楽が、親父を殺した。



 みんなが父の曲を求めていなければ。

 父が音楽に携わらなければ。

 音楽の仕事がもう少し減っていれば。

 何もかも音楽が悪い。

 そして、最後に音楽を渡した自分も。


 聴きたかった言葉は、もう永遠に聴けない。

 憧れはいなくなった。

 家族はいなくなった。

 音楽をやる意味も、曲を作る理由もない。

 音楽は人をも殺す。

 自分が音楽に関わったから、だからいけなかったんだ。

 


「音楽なんて、大嫌いだっ……」



 柩を前にして、吐き出した言葉は、誰にも届いていない。

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