第58話 コンピューター・ネットワーク・パンデミック・アタック(3/3)

(なかなかよく出来たbotプログラムだ……どこの誰が作ったのか、顔を見てみたいものだな……)


 もちろんそれは実際のところ、東京の八王子で香港人の移民が作り出したとっておきのプログラムであった。

 しかし、あらゆる誤情報と偏見と隠蔽工作が乱れとんだ結果、新型コロナウイルスの起源がいずこにあるのか世界の誰も断定はできないように、もはやそのbotプログラムのルーツは追えない状態である。


『これは……活性化の規模が凄まじいです。

 長官の言われる通り、我々の検疫活動に対応しているようです。変異株のパターンが劇的に増大していきます。

『ハイ・ハヴ』はこの攻撃を最優先処理対象と認識しました』

「NSA長官の権限にて、重対処を承認する。

 こいつがこのまま蔓延したら、我が国の基幹システム全体が危険だ。今の内に封じ込めて殲滅してしまおう」

『国家戦略人工知能システム『ハイ・ハヴ』の計算資源が集中投入されました。プライオリティ・ファーストで防疫と解析に努めています』


 鄭月ジェン・ユエ特性のbotプログラムに自衛隊情報本部の即席改修が加わったそのコンピューター・ウイルスは、実にいやらしくおぞましい動作をした。

 感染したコンピューターの内部リソースを一時的に占有して、自己の変異株をランダムに作り出し、次々とネットワークへ放ったのである。


 そのほとんどは現実のウイルス変異株が人間に検知されることもなく消えていくように、1世代かぎりの運命だった。


 だが、それはなんといってもコンピューター・ウイルスであり、相手は国家戦略人工知能システム『ハイ・ハヴ』である。

 ほとんど100%に近い確率で変異株は検疫システムに引っかかり、そのたびに新たな脅威として解析が行われる。


 これが10や20であれば即座に駆除機能を人工知能ライブラリが構築して、ネットワークから全滅させられてしまっただろうが、この時に生まれた変異株は実に12万であった。

 しかもその中にはきわめて致命的で、感染能力が増大したプログラムまで混じっていた。


 そう━━あの新型コロナウイルスの変異株がまさにそうであったように、だ!


(誰が知るだろうか……この戦いの意味を)


 マツゴロウ・ナカソメ・ジュニア大将の緊張感は、最前線で戦艦同士の決戦を眺めている時と何ら変わりない。

 アメリカ合衆国・国家戦略人工知能システム『ハイ・ハヴ』の誇る北米・欧州・統一朝鮮統合クラスタのリソースが次々と消費され、深刻なオーバーロード状態を引き起こしていく。


 それでも『ハイ・ハヴ』は止まらない。

 他の処理が遅延するのにも構わず、障害のために存在する冗長クラスターまで投入して防疫と解析処理を進める。


(唯一の正解がそれだと知っているからだ)


 この戦いは変異株の拡散が早いか、あるいは『ハイ・ハヴ』による防疫が押し切るか、その二択なのだ。

 1度負ければ押し返すことは容易ではない。


 NSA本部の誰もが手に汗握り、固唾を呑んでその戦いを見守っている。


 もはや人間の出る幕ではない。

 歴史上のすべてのパンデミックを積算しても届かないような血みどろの防疫戦闘。そのクライマックスはヒトの体感時間でいうならほんの30分ほどだった。

 だが━━それはコンピューターにとっては、宇宙創成から太陽が燃え尽きるほどの長時間である。


『………………やりました!』


 そして、結局は人工知能が勝利した。

 新型コロナウイルスとの戦いでそうであったように、あるいはそれより以前からコンピューター・ウイルス対策に絶大な効果を発揮していたように、本質的に人工知能はウイルス対策と相性が良いテクノロジーなのだ。


『敵脅威の検出数は検知限界を下回りました。

 完全に駆除したか、互いに連携がとれないほどに感染数を減少させたものと思われます。『ハイ・ハヴ』の最新ライブラリには直ちに駆除システムが導入されました。現在、国家行政システムを優先して配信を実施しています』

「まだごく少数の感染システムが残っているかもしれないが……他のコンピューターへウイルスを広げようとしても、途中の経路には『ハイ・ハヴ』が配信した駆除システムを導入したサーバや中継スイッチがあるというわけだ。

 まるで新型コロナウイルスワクチン接種者による集団免疫の壁だな」

『ええ、各変異種の特性とパターンを完璧に解析して作り出した駆除システムです。

 ちょっとした変異ならこのままでも対応できます。mRNAワクチンのようなものですな』

「やはり人工知能は偉大だ……」


 NSA長官にしてアメリカサイバー軍の司令官、マツゴロウ・ナカソメ・ジュニア大将。

 彼にとって人工知能を推進するか、人工知能を懐疑するか、などという争いはどうでもよいものだった。


 たとえ人間の決定権をどこに持ってくるにせよ、このテクノロジーはあまりにも偉大であり、もはや人類は人工知能から離れることはできない。

 鉄と火の力を知ってしまった後のように。


(ただ問題があるとすれば……)


 が、そんな自明にも自明たる確信を抱きつつも、彼を悩ませるものがある。


「副官、このサイバー防疫戦の意義をどうやって説明したものか?

 どうだ……君は大統領やペンタゴンの頭が硬い連中にも理解できるような資料を作れるか?」

『いやあ、それは……どうでしょう。私の部下に小説投稿サイトで評価の高いファンタジーものを書いている奴がおりますので、そいつに説明させましょうか……』

「……発達したテクノロジーは魔法と区別がつかないとはよく言ったものだ。

 人工知能推進派は白魔法と讃え、懐疑派は黒魔法と罵る。

 どっちもわかっちゃいない。魔法は魔法だ。

 我々の困難は……結局のところ、魔法使いでない人々に魔法を説明する難しさなのかもしれんな」


 時にアメリカ東部標準時で4月28日午前1時。そして、日本時間で同日午後3時。

 アメリカ合衆国と国家戦略人工知能システム『ハイ・ハヴ』は突然仕掛けられたサイバー攻撃に対して、わずか3時間で完璧に対応し打ち勝った。

 それは間違いなく偉大な勝利であった。


『ち、長官! 緊急連絡です! 日本侵攻に参加していた艦隊が……!』

「なんだとっ!?」


 ━━しかし、この勝利がどれだけ悪魔に魅入られたタイミングであったのか、彼らはすぐに知ることとなる。

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