第58話 コンピューター・ネットワーク・パンデミック・アタック(2/3)

(理由はいくつかある……そもそも大陸間インターコンチネンタル・ロックダウン下にあっては……我が米国から外に出て行ける通信はきわめて限られたものだ)


 統一朝鮮に対するサイバー攻撃の主力は『人工知能勢力圏』となり、アメリカ本土と直接接続されている欧州経由━━つまり、ユーラシア大陸伝いのものであった。

 だが『人工知能勢力圏』は平時から一種のファイヤーウォールとして働き、圏外からの通信は基本的にシャットアウトされてしまう。

 つまり、統一朝鮮からすれば厳重にドアを閉めている領域からいきなり通信が飛んできたようなものだ。

 そんな通信━━それを装ったサイバー攻撃が警戒されないはずがない。


(むしろ大きな戦果は統一朝鮮での戦いが終わったあとだった……そう『社会主義自由清国』だ……)


 統一朝鮮が実質的な降伏協定を受け入れ『人工知能勢力圏』に参加すると、宗主国である『社会主義自由清国』はアメリカ合衆国の誇る国家戦略人工知能システムのリバース・エンジニアリングを命じた。

 しかし、その情報は迅速にリークされた。統一朝鮮内部の親米派が喜び勇んで「ご注進!」とばかりに複数ルートから報告してきたのだ。


(彼ら朝鮮民族は……いつの時代も同じだ)


 地政学的宿命である。

 大国の狭間に置かれることを運命づけられた朝鮮半島の国家では、必ず内部対立が起こる。それは「この国をどうするか」ではなく「どの大国に仕えるか」である。

『社会主義自由清国』を奉ずる勢力があれば、アメリカ合衆国を奉ずる勢力もまた存在したのだ。

 そして、それは彼らが戦いに敗北した瞬間、宿命的・運命的に発生した勢力なのだ。


(我々NSAとサイバー軍は迅速に行動し……『社会主義自由清国』の基幹システムは300機の爆撃機で攻撃された場合と同じダメージを受けた……いつか中国人と雌雄を決するとき、この戦果が役に立つだろう……)


『社会主義自由清国』へのサイバー攻撃は『人工知能勢力圏』になったばかりの統一朝鮮を発信源にして行われた。

 これは『社会主義自由清国』からすれば、属国と思っていた安心できる子分の家からいきなり銃弾が飛んできたようなものである。


(理想的な奇襲……それも人間の心理に根ざした奇襲だ)


 戦果は圧倒的だった。無数の基幹コンピューター・システムを稼働不能に追い込んだばかりか、きわめて重要な国家機密データを奪取した。

 まさに宣戦布告なき戦争である。NSAとサイバー軍にとっては欧州戦役につづく半年ぶりの勝利だった。


(が、日本には通用しなかった)


 しかし━━日本侵攻戦においては、まったく事情が異なる。

 決してアメリカが技術的に劣っていたわけではない。日本の防御が完全無欠だったわけでもない。


(……海、か)


 何はなくとも海底ケーブルが切断された島国という条件が厳しすぎた。陸路経由でつながっている通信網が存在しないため、サイバー攻撃の仕掛けようがないのである。

 広域妨害を受けつつも生き残った島伝いの無線ネットワークや僅かに機能している野良人工衛星通信を経由して攻撃を試みたものの、あまりにも帯域が細く、実質的な戦果はゼロであった。


(まあ……勝負なし、というところだな。こればかりは仕方があるまい)


 さすがに通信自体が困難となると、NSAやサイバー軍にはお手上げである。

 これは日本側も同じことであり、米国に対するサイバー攻撃は兆候すら観測されていなかった。


 そう━━この時点まで、アメリカ合衆国は。


(何かあればどのみち『ハイ・ハヴ』が警告してくるだろう……)


 よりによって自分たちの本丸たる国家戦略人工知能システム『ハイ・ハヴ』自体が、試作35式生体コンピュータークラスター『トウゲ』による飽和教育攻撃サチュレーション・ラーニング・アタックによって大穴を開けられ、無数の判断ミスを犯していることなど気づいてもいなかったのだ。


(どうあれ、あと一息だ。『ハイ・ハヴ』の分析によれば、日本人は「本土の占領」という事実に決定的に弱い……日本海の上陸部隊が札幌を占領すればすべてが終わるはずだ……)


 その分析自体が決定的に誤っているのだ。


『長官。先ほどご命令により開始した国内ネットワークのサイバーパトロールですが……いくつかの未知な脅威を確認しています。

 新型のbotプログラム━━あるいは我々も知らない秘密脆弱性でしょうか? まだ断定はできませんが、何らかのウイルス・プログラムが民間のみならず、行政システムにまで入り込んでいる様子があります』

「ほう、パトロールの効果があったじゃないか。

 さて誰の仕業かな……『ハイ・ハヴ』の恒常スキャンをかいくぐったところを見ると、恐らくよほど高度な国内犯罪組織かロシアあたりの仕業かもしれん」

『日本ではない、と』

「彼らにそこまでの技術はあるまいよ」


 そして、そのありがちな認識が誤っていたのだ。


「どうだ、対処はできそうか」

『ええ、『ハイ・ハヴ』はすでに検疫を開始していますが、拡散速度と潜伏が巧妙ですね……さらにダミーの変異株もばらまいているようです』

「最新のbotプログラムの中には検疫活動を察知すると、突然活性化するものもあるそうだ。

 恐らくそれだな……」

『駆除完了までは時間がかかりそうです』


 コンピューター・ウイルスという言葉が『まるでウイルスのように振る舞うプログラム』という由来から名付けられたように、2035年に至ってもその特性は生き残っている。

 システムを破滅させるウイルスは案外、広がらない。それはエボラ出血熱のように宿主すらも殺してしまうからだ。


(もっとも嫌らしいのはHIVウイルスや……新型コロナウイルスのように振る舞うコンピューター・ウイルスだ)


 たとえば、普段はまったく正常であるように振る舞う。しかし、しばらく経ってから突然発症する。

 あるいは、何ら害を及ぼさぬままにひたすら自身を増殖させて、他のコンピューター感染させる。

 そして特定のタイミングで一気に発症する。


 まさに人類が20世紀初頭にHIVウイルスで、そして2020年代前半に新型コロナウイルスで味わった『感染症としての特性』をコンピューター・ウイルスは完全に兼ね備えているのだ。


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