第57話 1500と3000の洗礼(3/3)
通常型トマホークや誘導爆弾が送電塔を狙うのならば、本体そのものを狙うだろう。
しかし
ハリウッドのシナリオ会議ならば「見た目が地味すぎる」と言われ、アニメの制作会議ならば「視聴者に伝わらない」とはねられる攻撃である。
(だが、それが現実に起こっている……それも一国を覆い尽くすほどの規模で!!)
北海道沖の上陸艦隊から450発。さらに日本国全周の洋上から押し寄せた戦略爆撃機が放ったミサイルも300発に及んだ。
だが、これはせいぜい半分程度でしかない。
主力はグアムやハワイ、さらにアラスカや朝鮮半島から発進した大量の無人機だ。
人工知能による完全自律制御のミサイルキャリアーと化した無人機群が800発近いミサイルを放ったのである。
もちろんそれらすべてがステルス機である。
発射地点は日本列島から1000kmも離れており、とても探知できない距離だった。その他に朝鮮半島の地上発射や潜水艦からのミサイルが加わって、総数1500発超の飽和攻撃となったのである。
(しかもアメリカにはまだ『次』がある……爆撃機にせよ無人機にせよ、補給を受ければ同じ攻撃ができる!)
これはもう━━負けたか、と判断してしまいたくなる自分がいた。
この規模の攻撃を2度3度と反復されたならば、日本の継戦能力はおろか国家の基幹能力すら喪失するだろう。
歯を食いしばって必死で戦えばなんとかなるというレベルではない。
そもそも部隊間の連絡すら取れなくなる。いかなる連携行動もできなくなる。
連絡も連携もとれない戦力の価値など、21世紀の戦争では3分の1以下だ。
しかも敵には圧倒的なステルス戦力や偵察・哨戒網がある。無人機を濃密に飛ばし損害覚悟で反撃を誘うだけで、残存したすべての部隊をあぶり出すことも可能だろう。
『全国電力会社からのレポートとりまとめを行っています! 少なくとも基幹電力網は復旧に2週間はかかるとのこと!』
『新幹線は全国で運転再開の見通し立たず! 在来線も北海道、東北、関東で被害大!』
『重要港湾の60%に攻撃が行われました! いくつかの水路には在来型トマホークより機雷投下の報告有り! 潜伏タイプ
『全国のネットワーク通信は局所的には生きていますが、自衛隊統合ネットワーク以外は機能不全に陥っています!
行政ネットワークはただいまより自衛隊統合ネットワークへ自動フェイルオーバー! 各省庁と自治体の広域通信が暫定復旧!』
『羽田、成田、関空、中部の民間機は被害軽微なれど、混在させて配置していた輸送機と早期警戒機に多数の攻撃あり! 偽装を突破して、破壊された模様です!』
『北海道上空で敵F-22戦闘機と推定される高ステルス機より受けた空対空ミサイル攻撃によって、空自の要撃戦力はほぼ壊滅! パイロットは70%が脱出を確認、現在回収中です!』
『敵ミサイルの発射数は事前諜報による予測を大幅に超過しました! 我が方の被害も少なくとも180%の見積もり超過!』
「………………!」
だが、耳を塞ぎたくなるような被害報告の乱舞の中で、たった1つの発言が荒泉1佐の精神力をつなぎ止めた。
(敵は予測より大量のミサイルを撃ってきた、だと……まさか……いや……つまり!)
彼が顔を上げるより早く、作戦指揮センターでは走り出している者達がいた。
それぞれが急ぎ通信文を送り、あるいは直接の通話をはじめている。
「まだ戦えるぞ……」
『はっ?』
「この国はまだ戦える!」
その情報に反応したのは、荒泉1佐をはじめとしたごく一部の高級幹部だけである。
敵ミサイルの発射数。それはこの戦いにおいて、きわめて重要なファクターだったのだ。
(事前情報より多数のミサイルを投入してきたということは……それだけ攻撃の規模を集中する必要が生じたということだ)
戦力の集中は戦争において基本中の基本である。
(戦いがうまくいっていると認識しているなら、我々が掴んだ情報通りの攻撃規模であるはずだ!)
だが、現実はそうなっていない。つまり、土壇場で変更されたのだ。
自衛隊が対空ミサイル戦力を必死でかき集めたように、米軍もまた巡航ミサイルをかき集めてきたということだ。
(奴らは『この戦いはうまく行っていない』と認識している!
それが『ハイ・ハヴ』の判断か、軍現場の判断かはどうでもいい! 我々も苦しいが、奴らも苦しいということが重要だ!
ならば、今、ここで情報官として私のするべきことは!)
作戦指揮センターを飛び出した荒泉1佐は、市ヶ谷・防衛省の屋上から1機のヘリに飛び乗った。
「有明までやってくれ! 自衛隊データセンターだ!」
有明第7データセンターまでは、直線距離ならほんの数分である。
だが、今や日本の空はどこで攻撃を受けてもおかしくない。ステルス性と呼べる性能を備えていない汎用ヘリは、ビル群の間をくぐり抜けレインボーブリッジに隠れるように飛行して、10分後に有明第7データセンターへ辿り着いた。
「諸君、今こそがその時だ!」
生体コンピューター『トウゲ』運用チームと情報部門の精鋭を緊急招集すると、荒泉1佐は何の企画資料もなくマニュアルもない指示を口頭で発した。
このタイミングが正しいかどうかは分からない。そもそも作戦会議にはかったわけでもない。
(いいや……私の職責に賭けて判断したのだ! 今しかないと決断したのだ!)
それはほぼ独断と言ってもよい内容である。
「直ちに敵『人工知能勢力圏』へ拡散させたBotプログラムを
そうだ! 行政システムの奥深くまで浸透済みのやつだ!」
だが━━単なる独断専行でもなかった。
最前線の指揮官に状況に応じた裁量が許されているように、自衛隊の情報部門トップにある彼には、サイバー戦の現場裁量が許されていた。
そしてネットワーク空間における戦闘とは時と場所を選ばず、ただただ神速を
「最大速度で自己複製・不規則変異を繰り返すBotプログラムを米国内の中枢ネットワークに蔓延させることによって、国家戦略人工知能システム『ハイ・ハヴ』に重対処を強制し、もって敵の戦闘能力を漸減する!
我々は今、苦しいが敵もまた苦しい! その苦しんでいる敵に強烈な一押しを加えるのだ!
後のことは構うな、徹底的に暴れ回れ!」
まして、戦時においておや、である。
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