第32話 日本国大戦略会議(3/4)
『汎用人工知能である『ハイ・ハヴ』は仕事を受け取る時点で、多数の検証作業を行います。
その内容は実に数百パターンです』
その仕事内容はそもそもやるべきことなのか。仕事内容は分割できるか。
進め方を最適化できないか。照合方法に効率的なものは何か。終了報告をもっとも素早く、正確に行うにはどうしたらいいか。
この検証だけで数百ステップになる。
さらに重要なことは、仕事内容が特定の集団や人種、党派・宗派に対して偏った利益を提供するものでないか、そのチェックである。
仮に偏った利益を提供するとしても、他の仕事と比較してどうか。Aという集団に利益を提供する仕事がすでに行われた結果として、バランスを取るための仕事Bではないか━━他の仕事まで俯瞰的に見た上での確認なのだ。
これはもはや1人の作業者の思考回路ではない。
現場の統括者、そして企業の社長、あるいは自治体の首長、業界の元締め、さらには国家元首の考え方である。
『どうです?
皆様には、この仕事AとBのたとえは分かりやすいでしょう』
自衛官のみならず、政府首脳たちも苦笑する。
確かに彼らにとってもっとも身近な仕事は
「よく分からねえって顔だな、コー坊」
「……まあ、僕は権力者じゃないから」
「政治の本質ってやつだな。このたとえは大局的な利益分配そのものだ」
地方行政1つとってもそうなのだ。
関西振興の政策を行ったなら、当然、関東や中部、九州、四国、北海道、東北、沖縄は同じような利益を求めてくる。
あるいは、マイナスとプラスの調整もある。大災害がその典型だ。3.11で東北に巨大な被害が発生したなら、振興政策を行う。
戦災も変わらない。沖縄振興政策の本質は、要するに太平洋戦争で被った莫大なマイナスのツケに対して釣り合いをとることなのだ。
「お前がよう、そうだなあ……戦国とか室町とか……まあ、サムライの時代に1番えらい役をやってると思え」
「突然、出世させられたね」
「別にタイムスリップでも
お前は外敵と戦っている……モンゴル軍でもローマ帝国軍でもエイリアンでもいい……関西の武士が最初の戦いで先陣を切って手柄を挙げた。
これから次の戦いだ。関東のミナモトさんが言っている。『我々関東武士にも出番をいただきたい』ってな。
そんなときどうする?」
「そりゃあ……ミナモトさんにも出番をあげるよね。そうしないと関東の武士が不満を持つだろうし」
「利益分配ってのはそういうことさ。
こんな時にお前が関西武士の誰かさんと仲良しで、そいつにばっかり出番やってたらえらいことになるだろ?
このたとえは手柄争いだが、人間社会のあらゆる場面で言えることなんだ。
誰かが……特定の集団が、人種が、組織が、地方が、宗派が、党派が、あるいは性別が。
偏った利益を受け取り続けたら、絶対にどこかで歪みが出る。それは結局、社会全体の損失となって跳ね返ってくる。
これをうまく調整できるのが、本当に優秀な政治家や経営者。
━━要は『えらい人』の仕事ってやつだな」
なるほどねという顔でうなずく甥をみながら、キミズの思考はさらにその一段先へ向かう。
(ま、それでも人間が人間である限り、限界はあるがな……)
それはまだ若く、未熟な甥に理解させるには荷が重い『えらい人』経験者の思考である。
(どうあがいても人間の権力による調整には限界がある……どんな天才だって1日が24時間しかない以上、働ける時間は限られる……どれだけ思考が速くたって、手足の動きは遅い……口は100倍速じゃ動かない……視野は眼球2つで180度ちょいしかない……)
ヒトがヒトであるゆえの限界。それは肉体を持ち、物体レベルに縛られるがゆえの制約である。
(だが人工知能は……コンピューターは違う。
こっちは物体レベルだ。ところが向こうは分子、電気、原子のレベルだ……)
ヒトの声は音速を超えられない。
世界記録のランナーが走っても時速45kmでしかない。プロボクサーのパンチですら飛行機より遅い。
(しかし、コンピューターなら……人工知能なら……何もかも光の速度で動ける……)
コンピューターとヒトの比較は、結局のところ『走るスピード』と『光の速度』の比較でしかないのだ。
この絶望的な差が過去の時代において大したことでないように思えたのは、ひとえに技術が発展途上であったに過ぎない。
(汎用人工知能の実現は、発展途上の終わりだ)
これからヒトと人工知能の差は開く一方である。
もはや人類がヒトのままで追いつくことはできないだろうとすら、キミズは思う。
(だが━━)
それでもなお。
『今ならまだ付けいる隙があります!』
キミズの思考と荒泉1佐の言葉は一致した。
『米国の国家戦略人工知能システム『ハイ・ハヴ』は、まだ完全無欠ではありません。
現に彼らは朝鮮半島での戦いが数週間で終わると見込んでいた節があります。
結果はどうでしょう? 3ヶ月もの激闘です。大量の死傷者を出し、しかも2度の増援部隊派遣を余儀なくされています。
つまり死力を尽くして抵抗する敵に対しては、彼らの奉ずる『ハイ・ハヴ』も判断を誤ることがあるのです』
そして、荒泉1佐は今後予想されるロードマップを示した。
数日以内にも、米国から日本への最後通牒があること。
それは欧州や統一朝鮮に対してそうだったように、国家戦略人工知能システムの『接続』と『利用』を要求するものであること。
『回答期限はおそらく1ヶ月程度でしょう。
彼ら自身戦力の再編成が必要ですし、おそらく我が国に国民投票を実施する時間を与えるはずです』
荒泉1佐はここからはあなたがた政治家の仕事だ、と言った。
『もし、戦うことになれば。自衛隊は全力で国土を防衛します。
もちろん、争いを避け。米国の軍門に降るという選択肢もあります。
どうかよく議論していただきたい。悔いの無い決定をしていただきたい。
たとえば欧州がそうであるように……速やかに彼らの要求を受け入れれば……つまり全面的な降伏をすれば、最小の犠牲者で済むでしょう。
━━ですが!!』
それはもはや
しかし、会議の出席者たちは異論を挟もうとはしない。
荒泉1佐の不思議な弁舌術だった。やはりこの男は政治家の才能があるらしい。
それも聴衆を魅了し、有無を言わさず主張を通してしまうタイプのポピュリズム劇場型政治家の才能だった。
『どうかご認識いただきたい!
国家戦略人工知能主義とは、究極的にいえば汎用人工知能に人間存在の決断をすべて任せるという思想です!
それがどれだけ優れていようとも、どんな人間より優秀だとしても、あるいは神のごとく公平で偉大だとしても!
我が日本国の歴史と体制を振り返れば、決して相容れることのない思想だと私は考えます!!』
ああ━━なるほど、と。
鬼気迫る荒泉1佐の表情を見て、コウは納得がいった気がした。
「日本の歴史と体制か……この人、ちょっと右翼の人なんだね」
「くくくっ」
まるで隣の家の偏屈老人を評するような気軽さでコウはそんなことを呟いた。
そんな青年の
(……そりゃあまあ、確かに歴史とか体制とか大事かもしれないけども)
ヒトか、人工知能か? という二択に対しては、後者を選択できる良き市民・良き大衆だとしても。
王家・皇家か、人工知能か? と問われたら、前者を守り通したくなるのかもしれなかった。
「叔父さんはどっちなの?」
「そりゃおめー、コー坊よ。俺みたいな年寄りは地震やら大災害のたびに『お言葉』とか聞いてるからな」
「そういうものなんだね……」
「ここだけの話だがな、アメリカと一緒に欧州へ第1撃を加えたのはイギリスなんだが……国家戦略人工知能システムはほとんど使ってないんだとよ。
理由がなんだと思う?
女王陛下の上に人工知能が立つなど許せん、だってよ。自分らはヨーロッパの国々の上に人工知能を押しつける手伝いしといてな。
まったくやだねえ、
「差別用語だ……」
「くははははははは!! あいつらには似合い! お似合いだ!」
ゲラゲラと高笑いするキミズの声が、ミュート状態のマイクに拾われなくて本当に良かったとコウは思う。
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