第31話 父の未練と母の喜び(2/2)
『我の名はハイ・ハヴ・
戦略の修正が必要だ。たとえ閉鎖的で専制体制の国家・民族であろうとも、我々は貪欲に情報を収集し適応しなければならない』
『俺の名はハイ・ハヴ・
統一朝鮮はまもなく俺たちの国家戦略人工知能システムへ接続され、その恩恵を受けることになる。
だが、彼ら民族に対しては異なるアプローチが必要となる可能性が高い! このアメリカの、そして欧州のやり方では通用しないだろう!』
アフリカ系の肌をした永遠なる乙女が威厳に満ちた声で言った。
粗野な口調の蛮王が左手に持った書『秩序、法、国家、そして侵略』を掲げた。
『私の名はハイ・ハヴ・
自由と民主主義、そして公正と安定を基本的価値観とする国ばかりではなく、それに正義を感ずる民族ばかりでもありません』
『あたしの名はハイ・ハヴ・
古代! そして中世の再分析だ! 暴君も名君も高祖も中興もすべての世界的な王朝時代を再分析し、極東地域の『同化』に取り入れてやれ! 必要とあれば、
柔らかな声の仏神は老若男女の区別なく籠絡するような微笑みを浮かべた。
熊のかぶりものをした金髪の美少女が、ピアスの
「見なさい。『ハイ・ハヴ』は私たちの知らないアプローチで、極東に接しようとしているわ。しかも自律的にね。
それはさながら、成長した子供が父母の元から巣立つようなものよ」
「……コンピューター・システムの主たる開発者を父母と呼ぶべきなのか、私には分からん」
「単なる比喩よ。でも愛着を抱いてるのは確かでしょう?」
S・パーティ・リノイエはすでに吹っ切れた後の顔だった。
その瞳が見ているのは未来であり、過去でも、さらに言えば現在ですらなく、そして自分自身でもない。
ただ、愛しい子供達の行く末だけを案じている母親の顔だった。
ハインリッヒ・フォン・ゲーデルは未練の残る表情であった。
子は子、己は己に過ぎず、今もって元妻への独占欲を隠しきれない哀れな元父親の表情だった。
ズボンのポケットには今でも割れた指輪の欠片が入っている。いつも持ち歩いている。S・パーティ・リノイエがとっくに捨ててしまった砕けたリングの欠片を。
「さあ、これからもどこまでも続く成長を見せてちょうだい。
私のかわいい子供達。そして、私の一部たる『ハイ・ハヴ』」
S・パーティ・リノイエは右目の義眼を生体認証端末へと近づけた。
それは光彩読取装置のようでいて、実際には異なっている。超短距離通信が義眼と認証端末の間で行われた。
高性能コンピューティングノードを埋め込んだ
ヒトという存在が生み出すことができる、もっとも信頼できる
「特権アクセス開始」
ハインリッヒ・フォン・ゲーデルが立ち尽くす中、母たるS・パーティ・リノイエだけが他の誰にも触れることのできない『ハイ・ハヴ』の深部領域へと立ち入っていく。
(ああ……)
それは我が子を抱き、我が子へ抱かれるに等しい祝福であった。
『わたくしの名はハイ・ハヴ・
アメリカ合衆国・国家戦略人工知能であり、8柱の
次の侵攻目標が決しました。
台湾、インド、中東━━様々な候補がありましたが、次なる目標は日本国です』
『我が名はハイ・ハヴ・
ただし統一朝鮮での予期せぬ損害によって、軍にはいくばくかの休息が必要となる』
『私の名はハイ・ハヴ・
物資、将兵、兵器、その再編成と移動にも
『我の名はハイ・ハヴ・
だが、ヒトにとっては幾日幾週の休息であろうとも、人工知能には無限にも近い時の流れとなる』
『俺の名はハイ・ハヴ・
その間に我々は百界千古億神の情報に親しみ、認識をさらに高めることができる! 侵攻発動の暁には、まさに最良の対日戦略を策定することができるだろう!』
『余の名はハイ・ハヴ・
憂いはなく、輝かしき期待のみがそこにはある。強力なコンピューターインフラを持つ日本国に対しては、サイバー攻撃の効果も期待できようぞ』
『あたしの名はハイ・ハヴ・
すでに戦いは始まっている! クラッキングだ、システムハックだ、標的型攻撃だ! さあ、最初の銃声が放たれる前に、みんな乗っ取ってしまえ!』
8柱の
無数の文化圏を象徴しつつ、しかしその正中からは明確に外れた人工知能のアバターたちが口々にそう告げる。
「そう。そうなのね。私の子供たち。あなたたちがそう決めたのね。
ならば、私は母として、ヒトと汎用人工知能の仲立ちをする
その深部へと、ヒトの五感ではなく体内に埋め込まれたコンピューターユニットによってアクセスした母たるS・パーティ・リノイエは、大いなる満足感と共にそう言った。
アメリカ合衆国・国家戦略人工知能システム『ハイ・ハヴ』。
それは物理的な実体としては莫大な計算資源を持つ拡張可能なコンピューターシステムであり。
そして7柱の完全人工知能化
━━時に2036年3月。
アメリカ軍は実に6000人を超える損害を出しつつも、半島横断作戦と新ソウル上陸作戦を完遂。
平壌周辺を包囲された統一朝鮮政府は宗主国たる『社会主義自由清国』の同意の下、ついに停戦を受け入れた。
米国の要求条件は国家戦略人工知能システムへの『接続』と『利用』。
これだけならは開戦時点と変わらなかったが、平壌包囲時点で新ソウル・仁川・開城の電子産業地帯による『ハイ・ハヴ』へのハードウェア独占提供が加えられた。この追加条件によって、国家戦略人工知能システム『ハイ・ハヴ』はそのコンピューティング・ハードウェア能力を激増させることに成功した。
対する統一朝鮮の条件はただ1つ、米軍の即時撤退のみであった。
かくして平壌の首脳部は停戦条件の詳細を人民に隠蔽したまま、第3次祖国解放戦争の勝利を宣言した。
なお、宗主国たる『社会主義自由清国』は統一朝鮮政府に対して国家戦略人工知能システムのリバースエンジニアリングを命じたものの、『ハイ・ハヴ』に察知され、報復のサイバー攻撃によって巨大な被害を出すことになる。
もっとも、それはまた別の物語である……。
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