第24話 白頭山の頂に登り詰めた民族の栄光は、鴨緑江の水底へと沈んだ(2/4)

「まったくあの頃は何の問題もなかった。すべて奴らの自業自得だった」


 列席の首脳は全員が強くうなずいた。

 少なくとも『北』の人間は当時、誰もがそう思っていた。


『南』を踏みつけにすることは正当な復讐なのだ。

 これは第2次朝鮮戦争で犠牲になった人民の復讐であり、第1次で斃れた兵士の復讐である。

 さらには、抗日戦争で偉大なる民族の太陽・金日成に従わず、親日に走った『南』の子孫への当然たる制裁である。


(過去は現在を、そして未来を永遠に断罪し続ける!

 それこそが我らウリの正義なのだ!)


 まさに『北』にとっては狂喜乱舞の収奪経済であった。

 当然のことながら、統一朝鮮は2029年・2030年と大幅なマイナス成長を記録する。


 だが、それは『南』と合算した場合の計算に過ぎなかった。

 もともと100倍の格差があった『北』の人民にとってはまったく違う。5倍10倍の高度成長が2年連続で続いたのである。


 そして、ほとんどの人間はデータよりも自らの体験を信じ、上り調子の今はきっと永遠に続くと錯覚するものだ。


(そう……ずっとこんなことが続くのだと。

 続けられるのだと、我々『北』の人間は考えていた)


 崔建龍チェ・ゴンリョン首相は、もう決して味わうことのできない甘い果実を思い出すように、うっとりと目を閉じた。

 

「そして、運命の2031年がやってきたのだ」


 一転。

 しん、と場が静まりかえり、全員の表情から笑顔が消えた。


「『大停電』と『2029年国慶節終身総書記襲撃事件』以降、中国は……そう、あの巨大な経済力を誇った統一中国は内戦状態に突入した。

 やがて、かつて満州とも呼ばれた東北部に『社会主義自由清国』が勃興したのだ」


 瀋陽しんようを首都とし、大連・旅順といった有力な外港も有する『社会主義自由清国』は、内戦における『中華七雄』の中でも指折りの強国であり、統一朝鮮にとっては付き合い方に頭を悩ませる存在だった。


 だが、そんなとき老いてなお絶大な権力を保持する『雷帝』プーチン率いるロシアが密約を持ちかけてきたのである。

 すなわち━━共に『社会主義自由清国』へ軍事侵攻し、領土を分け合おうと。


「ロシアの誘いは……悪魔のささやきと言う他なかった。

 しかし、我が統一朝鮮は……そして、我らが首領ウリエ・スリョンニムも!

 その一族も! 政府の高官も! もちろん我々も! すべての人民も!

 悪魔の誘いに乗ってしまったのだ! 『南』から収奪した次は中国から収奪するのだと言わんばかりに、欲を丸出しにして、だ!」


 一見、それは歴史に先例があるように思えた。


 たとえば、かつての清朝末期。ロシアと日本は満州の地を奪い合った。

 互いに領土を切り取り鉄道の権益を保持し、支配者として君臨していたのである。


 また、他国と謀議して侵攻した実例も、ナチスドイツ・ソ連のポーランド同時侵攻があった。

 この際は東西から攻め寄せ、あっという間に1つの国を消滅させたのである。


「我々は愚かだった! 甘かった!」


『雷帝』が言うには━━

 かつてポーランドにソ連がそうしたように。あるいは、ロシアが満州にそうしたように。

 統一朝鮮が南から攻め寄せロシアが北から攻撃すれば、『社会主義自由清国』はすぐ崩壊するという話だった。


 さらにロシアは甘くささやいた。


 ━━これは歴史的に朝鮮族の領土だった土地を取り返すだけなのだ。

 ━━あなた方は当然の権利として、大連や旅順、瀋陽を手に入れ、さらなる強国に飛躍するのだ。


 ━━統一中華人民共和国時代に蓄えられた富がたっぷりとある。

 ━━切り取り放題だ、奪い放題だ。100年収奪しても足りぬほどだ、と。


 ━━我らロシアとしては哈爾浜ハルビン長春チャンチュンが手に入れば十分だ。

 ━━これはソ連時代に我々が手にするはずだった土地なのだ。日本が満州国を樹立し奪い去っただけで、もともとロシアのものなのだ。


 ━━さあ……お互いに本来、自分のものだった土地を手に入れようではないか?

 ━━何も迷うことはない。どちらも失うものはない。こんなに明白なことはないではないか?


(今から思えばあまりにも都合のいい話だ……しかし、それは恐ろしく魅力的な誘いだった……!)


 金一族をはじめとした当時の統一朝鮮指導層にとって、実際のところ領土の増減など、どうでも良かった。


 この侵攻プランの意味することは、たった1つである。


 有史以来━━すなわち殷の紂王の叔父である箕子ジジが3000年前に朝鮮へはじめて王朝を建てて以来、ほとんどすべての年月を中国の属国として過ごしてきた朝鮮民族が、遂に『主体』的に中国を攻撃する側に回るのだ。


 暴虐にして劣等民族たる日帝の尖兵としてでなく、堂々と朝鮮民族の兵が中華に対して攻め入るのである。


(我々朝鮮民族が中国を攻め、中国を屈服させ、中国から奪う側となる!!

 有史以来の初めてのことだ……まさに我が民族、永遠の悲願が達成される……そんな誘いだったのだ!)


 朝鮮の歴史とは、すなわち中華に対する臣従と服属の歴史と言ってもよい。

 あまりにも属国の期間が長すぎた。あまりにも征服された回数が多すぎた。


 殷の紂王の叔父である箕子ジジは、1000年以上前から朝鮮民族の祖として崇拝されてきた。

 建国神話の壇君タングンですら、近年に持ち上げられた『後付けの英雄』に過ぎなかった。


 すなわち民族のルーツの時点から、彼ら朝鮮民族は中華に対して跪いていたのである。


(このことがどれほどの意味を持つか……神話だろうと史実だろうと、自分たちなりの英雄をルーツに持つ民族には分かるまい……)


 遙かな祖先が数千年前から異民族に臣従していたという歴史そのものが、朝鮮民族が生まれながらにして背負う根源的な屈辱なのだ。


(それが遂に覆されるはずだった!)


 下剋上。反逆。成り上がり。

 そんな言葉ではとても片付けられない。


 3000年の時を経て、遂に踏みつけられる側が相手を踏みつける側に回る。

 朝鮮と中華の立場が逆転する。


 統一朝鮮政府は熱狂したと言ってもよい。

 まさに歴史の革命的転換だった。民族の統一や『南』からの収奪など比較にならないほどの高揚感を、金一族をはじめとした指導層にもたらしたのだ。


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