第24話 白頭山の頂に登り詰めた民族の栄光は、鴨緑江の水底へと沈んだ(3/4)

(……そう。

 だからロシアの誘いに乗ることは、我が民族にとってまったく合理的な判断だったのだ)


 世界のいかなる民族も是とはしないであろう判断。

 しかし、朝鮮民族にとってはその歴史とアイデンティティに響きわたる、まったく正当なる判断だった。


 時に2031年4月3日午前6時。


 中朝国境である大河・鴨緑江の氷結期が終了すると共に、統一朝鮮陸軍10万が『社会主義自由清国』へ侵攻した。

 だが、同日同時刻に中ロ国境であるアムール川を渡るはずのロシア陸軍8万に動きは見えなかった。


「我々はプーチンに騙されたのだ!」


 列席の首脳からはすすり泣きの声すら聞こえた。

 ロシア陸軍が進軍しない理由を統一朝鮮政府が問い合わせると、彼らはのらりくらりと応じた。


 ━━悪天候により侵攻の調整ができていない。

 ━━渡河機材に問題が発生した。

 ━━明日にも行動を開始する。


(しかし金一族は疑いを持つこともなく、前線の兵士たちを駆り立てた……)


『社会主義自由清国』への侵攻軍に割り当てられた統一朝鮮軍の師団は、いずれも南方配置の師団━━すなわち、旧・大韓民国陸軍出身の将兵たちであった。


 かつて中華人民共和国が、第1次朝鮮戦争における抗美援朝義勇軍アメリカに抵抗し、北朝鮮を援助する軍に国共内戦の敗北者たちを割り当てたように。

 あるいは、モンゴル帝国が滅ぼした南宋の将兵たちを日本侵攻軍に配置したように。

 統一朝鮮もまた第2次朝鮮戦争の敗者を侵攻軍に割り当てたのである。


(そのことに問題はない。古来より降伏者は最前線で忠節を示すことを求められるものだ)


 だが、高揚感に酔う統一朝鮮指導層は。

 そして、6・25戦争ユギオの記憶を忘れつつあった旧・韓国陸軍の将兵は思い知らされることになる。


 中華民族にとって、朝鮮民族がいかなる存在であるかを。

 何の配慮も遠慮もなく、全力で踏みつけて、頭蓋を砕いて当然という認識であることを。


「我々は……我々は……二度も……二度までも……核の業火を目の当たりにすることになった!!

 一度目は自らの民族へ向けて核を撃ち!

 そして、二度目は3000年来の仇敵に踏みつけられたのだ!」


『社会主義自由清国』軍の母体となった瀋陽軍区は21世紀になって北部戦区と名前を変えたが、一言でいえばロシア・韓国・日本に正面から相対し、さらには太平洋を隔てた米国とぶつかるための最前線部隊である。


 その装備は統一中国時代から屈指の高レベルであり、当然、分裂・内戦における『中華七雄』の中でも最強格であった。


(だが……『中華七雄』は内戦初期に猛烈な核の撃ち合いを経験していた……その軍備は消耗しきっていたはずだった!)


 そう、だからこそ統一朝鮮政府は勝算を見いだしたのである。

 しかも、ロシアがついているなら負けるはずがないと考えたのである。


「━━現実は無惨だった」


 共同で侵攻するはずのロシア軍はまったく動くことなく、しかも裏で統一朝鮮軍の侵攻ルートをリークしていたのである。


 通常装備が消耗しきっていた『社会主義自由清国』軍の反撃はシンプルだった。

 中華民族が朝鮮民族に対して持つ、ごく一般的な態度……つまり、侮蔑と圧倒を以て応じた。


 2031年4月8日。

 統一朝鮮軍の侵攻開始から5日後。


 朝鮮半島全土の都市へ実に19発ものメガトン級水爆が降りそそいだ。

 確認された死者だけでも400万人。莫大な放射性降下物が発生し、海を隔てた日本列島全域で『死の灰』が観測されるほどだったという。


 だが、『社会主義自由清国』はしたたかだった。

 首領・金正恩をはじめとする指導層が在住する平壌と工業地帯だけは、核攻撃の対象から外したのである。


(我々は……当然、無条件に近い降伏を申し入れるしかなかった。かつて『南』がそうであったように……)


 停戦協定はすべての侵攻軍が鴨緑江を統一朝鮮側に引き返してから、両国をつなぐ新義州・中朝友誼橋の上で調印されることになった。


 ━━しかし、繰り返すが中華民族は朝鮮民族に対して侮蔑と圧倒を常とする。


 その日は素晴らしい快晴だった。

 まるで『南』に対する核攻撃が行われた日のように。

 

 対空レーダーがマッハ20の超高速物体飛来を捉えたときには、すべてが遅かった。

 停戦協定調印のため国境都市・新義州へ集まっていた金一族をはじめとする統一朝鮮指導層は、待避壕へ逃げこむ暇もなく侵攻軍10万と共にメガトン級水爆の炸裂によって蒸発したのである。


(誰が……誰が進んでこんな国の首相などするものか!)


 崔建龍チェ・ゴンリョン首相は民族の運命を思い返すとき、いつもそう思う。


 自分はあの日、平壌で居残りを命じられていた『留守番組』に過ぎなかった。

 人民軍次帥の叔父も。政府と軍の首脳も。

 この国の主要な人材は『社会主義自由清国』へ土下座するために新義州まで出かけ、そしてそのまま蒸発して消えた。


(私が首相などやっているのは……)


 生き残ってしまった人材の絞りかす・・・・の中で、自分がたまたま最高位にあっただけの話なのだ。


(すべては終わった……平壌と工業地帯だけは残ったが、我々統一朝鮮はあまりにも多くの人口と……『主体』チュチェを失い、再び中華の属国に成り下がった)


 かくして、わずか数両の戦車とダミーの核ミサイル発射器を伴って平壌へ入城した『社会主義自由清国』の使節団が言うがままに、崔建龍チェ・ゴンリョンは国家体制を改革し憲法を作り直し、『首領』制度を廃止した。


 国のトップである彼の役職が『首相』となっているのは、何も疑似民主主義国家だからではない。


(中国式では『首相』とは『総書記』や『書記長』の一段下だからな……)


 すなわち、かつての朝鮮王が決して皇帝を名乗れなかったように。

 属国たる統一朝鮮は宗主国たる『社会主義自由清国』の『総書記』に認められて、はじめて一段下の『首相』を名乗ることができるのだ。


(清王朝皇帝ホンタイジに対して、朝鮮王仁祖が三度跪き九度頭を地へこすりつけたような屈辱だ!)


 崔建龍チェ・ゴンリョンはただひたすらに運命のいたずらで、首相の座にすわることを余儀なくされたに過ぎない。


 出世競争に熱心だったわけでもなく、血で血を洗う権力闘争を勝ち抜いてきたわけでもなく。

 ただただ、野心に満ち満ちた政府首脳が核の業火で蒸発し、保身にめざとい者達が国外へ逃亡し、人材の絞りかす・・・・しか残らなかった平壌で、もっとも権力の中心に近かったに過ぎない。


(誰が……誰が進んでこんな国の首相など……!!)


 ああ、歴史書は刻むだろう。

 大いなる民族の屈辱、それはこの男によって始まったと。


 逃げ出すことができたならどんな楽だろう。

 しかし、悪夢そのものでしかない民族の惨状を支え、僅かな光明へと国家を導ける人材はもう他にいないのだ。

 誰かに押しつけたくともすがりたくとも、もはや他に誰もいないのだ。


 それが『社会主義自由清国』の属国に成り下がって何とか存在している、統一朝鮮民主主義共和国という国の悲しき現状なのだ。


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