第19話 フランスはまたしても新しい戦争に敗北する(2/2)

 正規軍への攻撃を二の次に、通信や電力といった軍民を区別しない国家インフラを狙う。

 サイバー攻撃によってコンピューターネットワークを全面破壊した後、ドローン・スマート・ボムDSBという新兵器を大量投入し、とてつもない精度でピンポイント攻撃を繰り広げる。


(対抗できるはずがない!)


 もとより国家インフラが破壊された時点で、フランスの抵抗力は半分以下になっていた。


 だが、軍はそれでも戦えるはずだった。

 なぜなら軍とは通信が途絶しても、電力が失われても、あるいは政府が全滅したとしても戦えるからこそ軍隊だからだ。


 すなわち『自己完結性』という偉大なる特性こそが軍隊の強さなのだ。


(しかし、この戦いでは……自己完結性を発揮して戦うべき相手がどこにもいなかった!)


 サイバー攻撃に対して反撃しようにも、それはネットワークの攪乱やデータ窃盗といった生やさしいものではない。

 システムボードのファームウェアやネットワーク・スイッチの基本OSに対して、まったく公開されていない機密脆弱性で侵入し、操作特権を奪い完全消去で破壊するという凄まじいものだった。


 通常のクラッキングやセキュリティ犯罪が『空き巣』にたとえられるものだとすれば。

 アメリカ・サイバー軍の欧州に対する攻撃は銀行へいきなり戦車で乗り付け、居合わせた人間を皆殺しにするようなものだった。

 しかも金庫の金には目もくれず、いきなり核爆弾を仕掛けてすべてを消滅させるようなものだ。


 欧州全土のあらゆるコンピューターシステムに対して繰り広げられたサイバー攻撃は、これまで世界で知られていた戦いとまったく質が違ったのである。

 破壊と無力化に注力すればここまでの威力を発揮するものかと、すべての研究者が意識を改めたほどだった。


(……何とかこちらが反撃しようとしても、その時『道』は完全に封鎖されていた!)


 後日判明したところによれば、フランス軍サイバー戦部隊はかなり迅速に状況を把握していたという。

 しかしサイバー攻撃には『ネットワーク』というデータの通り道が必要である。どれほど優秀なハッカーも、クラッカーも、ネットワークケーブルがつながっておらず、無線基地局が機能していないポイントには攻撃できない。


大陸間・インターコンチネンタルロックダウン……)


 フランスの、そして欧州全体の反撃を封じるアメリカの防御策はまさにこれだった。

 瞬時に破壊の限りを尽くした後は、北米へ到達する海底ケーブルをすべて切断する。


 反撃に転ずる『道』そのものを消滅させていたのである。

 これではどうしようもない。


(さらに空から攻撃してきた部隊には……ただ一機も有人機がいなかった!)


 物理的な攻撃も然りである。


 これはまったく新しい戦争だった。

 ステルス性の高い巡航ミサイルであるトマホーク2030による攻撃は、ただでさえ発見が遅れた。無人ステルス機QF-35を中心とした小規模の空爆部隊も存在したが、欧州各国のレーダーシステムは捕捉するのが精一杯で反撃など思いもよらなかった。


 そして、巡航ミサイルや無人機からばらまかれたドローン・スマート・ボムDSBは、一基一基が大きな鳥程度のサイズに過ぎない。


 だが搭載した人工知能ライブラリと多機能センサーは、熟練の爆撃手と名スナイパーを足して2倍にしたような能力を発揮した。

 高付加価値目標を完璧に選定し、しかも弱点部位だけを狙って、ピンポイントで自爆攻撃を仕掛けてきたのである。


(信じられないことに奴らは戦闘機や爆撃機には目もくれなかった……)


 フランス軍で真っ先に狙われたのは、早期警戒管制機や空中給油機・電子戦偵察機、さらに輸送機である。

 これらの支援なくしてはどんな高性能戦闘機や爆撃機も威力を発揮できないのだ。


 早期引退に追い込まれた超巨人機を大改造して生まれたエアバスA380 AWACSは、レドーム内アンテナだけをピンポイントで破壊された。

 同様の経緯で誕生した世界最大の空中給油・輸送機であるA380 MRTTも然りだ。DSBは給油ブームや貨物ランプだけを正確に狙ったのである。


 いずれもエンジンは完全に稼働するし、離着陸もできるかもしれないというほど、航空機としての状態は良好である。

 しかし、兵器として求められる機能はまったく失われており、ただサイズが大きいだけの役立たずに成り下がっていたのだ。


(まさに新世代の戦いだ……)


 もっとも、これはあくまでミニェ大統領が知る『フランスを狙ってきた』米軍の戦法であった。


 実はフランス軍と同様に開戦初撃で致命的な被害を被ったドイツ連邦軍の場合は、航空機よりも戦車への攻撃に重点が置かれていた。


 欧州連合の中でも陸の王者と称してよい最新鋭戦車レオパルド3は、ドローン・スマート・ボムDSBのピンポイント攻撃によってその主砲身とメインセンサー、そして履帯キャタピラの駆動輪に致命的なダメージを負ったのだ。


 元より乗員が乗り込んでいたとしたら、かすり傷も受けないような攻撃である。

 しかし、ドイツ連邦軍の誇る総勢180輌の機甲部隊は、もはや単なる装甲車と化していた。そのすべてを直ちに修理することもできなかった。


 そしてやはりミニェ大統領は知らない。他国の元首たちも知らない。

 米軍の欧州連合に対する攻撃は、イタリアやスペインなど一国一国に対して細やかに最適化された戦術となっていたことを。


 これが可能だったのは、まさに国家戦略人工知能システム『ハイ・ハヴ』が全地球規模・全人類規模の超巨大データを活用して策定した攻撃計画によるものなのだが━━その全容を人々が知るのは実に十数年も先のことである。


「我がフランスは……かつてナチス・ドイツの『電撃戦』に敗れたように……米国の『人工知能戦争』に敗れたのです……」

「起こってしまったことは仕方ないさ、我が弟子よ。

 いざとなったら、いつでも私をかつぎだしなさい。可愛い弟子のためだ。ペタン元帥になる覚悟は出来ているよ」

「ありがとうございます、我が師よ……」


 屈辱に震えるミニェ大統領の肩を叩きながら、マクロン元大統領はナチス・ドイツとの降伏交渉に臨んだ古き軍人の名前を出す。


 フィリップ・ペタン元帥。

 第1次世界大戦の英雄にして、第2次世界大戦のフランス敗北においては、ヴィシー対独協力政権の主席をつとめた波乱の人物である。

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