第14話 インターコンチネンタル・ロックダウン(1/2)
━━2035年9月6日午前2時00分(東京・日本標準時)
━━2035年9月5日午後6時00分(パリ・中央ヨーロッパ標準時)
━━2035年9月5日午前12時00分(ワシントンD.C.・アメリカ合衆国東部標準時)
『ニューヨーク~プレランルートの海底ケーブルを光学測定で確認しました。周辺に
『現在の深度は400メートル。深海作業に支障なし』
それは大西洋上の公海である。いかなる国の領土でもなく、いかなる国の領海でもない。
しかし、そこにはいくつもの国の足跡がある。国家組織の歩んだ証拠がはっきりと見える。
(そう……大陸と大陸とつなぐこの海底ケーブルこそは……過去と現在における国家のせめぎ合いを示す、歴史の生き証人なのだ……)
ロサンゼルス級原子力潜水艦の第61番艦『グリーンビル』は進水から実に40年を数える老齢艦であり、艦長のレイニー中佐もまた、すでに老境の域に入ろうとしている52歳のベテランである。
しかし、艦長の経歴はともかく『グリーンビル』という艦の経歴は、残念ながら栄光に輝いてるとは言いがたかった。
というのも、この艦は2度も接触事故を起こしているのだ。特に日本の漁業訓練船と衝突した事故では、死者まで出してしまい、当時の艦長は激しい非難にさらされた。
(ある意味で、こんな『汚れ仕事』はこの忌まわしい艦に相応しいラスト・ミッションなのかもしれないな……)
数年後には退役が決定してるこの老朽艦が、すでに引退が見えてきた年齢の艦長をいただいて、一体深度400メートルで何をしようと言うのか?
「諸君、これより
すでに我が合衆国は欧州連合と開戦した。我々はニューヨークのアイランドパークから、フランスの北西部の海岸都市プレランへ向けて敷設された海底ケーブルを切断するのだ」
司令室はもとより、艦内の各所で配置についてる乗務員たちは、奇妙な表情で顔を見合わせた。
言っている意味がわからないという様子である。
欧州連合と開戦? 海底ケーブルを切断?
一体何の話だ。ハリウッドが取材にきた新しい新作映画のあらすじだろうか、と思う者もいた。
(無理もないか……)
だが、疑問の声が一斉にあふれたりはしない。
なぜなら、ここは原子力潜水艦の艦内なのだ。かつて新型コロナウイルスのパンデミックが世界を覆っていた頃、『大きな声で会話しない』という
「詳しい説明はあとだ。
チャンバー室、君たちには作戦は伝わっているな?
40年ものの老朽艦とはいえ、原潜『グリーンビル』では定期メンテナンスの際に繰り返し設備がアップデートされている。
艦の前部にあるチャンバー室は、もともとは魚雷やトマホークミサイルが鎮座していた空間だった。大改装によって、この空間は限定的な魚雷・ミサイルの発射機能を残しつつ、ほぼ艦の直径に相当する物体を収容可能な一大カーゴ・スペースと化している。
(搭載風景はまるで骨董品のボーイング747ジャンボ貨物機のようだった……)
というのも、ソナードームを含んだ艦首がまるごと『蓋』のようにチルトアップするのだ。
収容可能な大きさであれば、どんな物体でもつっかえることがない。つまり、ドアの大きさに制約を受けないのである。
驚くべきはこの『蓋』の開閉を深度400メートルの深海でも実施可能なことである。
もっとも、強度上のしわ寄せは当然出ている。ロサンゼルス級原子力潜水艦は公式スペックで深度400メートルの潜水が可能であるが、これはあくまでも安全深度。本当はさらに深くまで潜水可能である。
しかし、この『蓋』の機構をそなえた『グリーンビル』は正真正銘400メートルしか潜ることができないのだ。
「チャンバー室のシモンズ大尉です」
『同じくペイカー中尉です。こちらの準備はできております』
その深度400メートルが限界のチャンバー室からは、カメラ映像で応答が返ってきた。
シモンズ大尉およびペイカー中尉は、平均的な潜水艦乗りのさらに上を行くマッチョである。高性能カメラはその太い腕や首筋の強靱な筋肉をも、明瞭に映し出していた。
(もっとも……このカメラが中国製だというので、かつては大騒ぎになったものだったが……)
既に10年以上前に起こった騒動を思い起こして、艦長・レイニー中佐は苦笑する。
「作戦開始だ。かつてない深海作業になる。慎重に、そして大胆に頼むぞ」
「はっ!」
『了解!』
最小限の動作で敬礼したダブルマッチョズが動き出すと、2人の後方にあったものがカメラに映し出された。
それは潜水艇であった。それも円と球を基本とした構造であり、超水圧に耐えることを大前提とした深海用の潜水艇である。
「こちらシモンズ、およびペイカー、
『チャンバー室、注水準備。艦内接続ハッチ、主副・両系統閉鎖を再確認!』
『閉鎖確認よろし。チャンバー室の注水を開始します』
『トリム調整……良好。後部第7タンク、追加注水します。バランスは想定内です』
チャンバー室の巨大空間にじわじわと海水が注入されていく。
その容積と重量は100トン以上にも達するのだ。慎重に実施しないと、あっという間にバランスを崩してしまう。艦内のポンプはフル稼働し、各所に備え付けられたトリム調整タンクを満たし、あるいは空にする。
『この制御も例の人工知能システム……『ハイ・ハヴ』にやってもらえればずいぶん楽なんですがね』
「仕方がないさ、航海長。海中までは電波もほとんど届かない……通信リンクができないからな」
通常航行や戦闘時のトリム調整とは根本的に異なるこの制御は、司令室のスタッフによる熟練度に依存していた。
『ハイ・ハヴ』と常時連動しない疎結合・孤立型人工知能ライブラリによる自動制御も検討されたが、あまりにもニッチな制御であり学習データが用意できないため、人間がやった方が精度が高いと見込まれたのだ。
(つまり、まだまだ人間の『腕』も捨てたものではない……確かに深度400メートルという恐ろしく限定された領域ではあるが、人工知能ですら上回る局面があるというわけだ……)
いつか遠い未来。宇宙の深部探査などではあえて人間が起用されることもあるのかもしれないと、レイニー艦長は感慨に浸る。
『注水完了。艦首ハッチ、オープンします』
チャンバー室への注水が5分ほどかけてようやく終わると、艦首の『蓋』がじわじわと上へ向けて開いていく。
左右、あるいは下に向けてオープンしないのは、海底へ鎮座することもある潜水艦の特性によるものだ。
『ハッチオープン、完了!』
「
「こちらシモンズおよびペイカー、発進します」
円と球で構成された、潜水艇というよりは宇宙船に近い物体がゆっくりと深海へ躍り出た。
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