人工知能戦争2035~DLW:Reboot

IngaSakimori

第1話 我々は国家戦略人工知能『ハイ・ハヴ』である

 ━━真の公平と統合と自由のために、わたくし・・・・は生まれた。


 声は声でなく、言葉は言葉でない。

 それはテキストでありながら、『思考』を模したデータストリームの奔流であった。


 ━━は人工知能である。人類の友人であり、その支えとなる存在である。


 音の色は変幻自在。

 心優しきシスターのごときボイスは、凜とした修行僧のように峻厳な声へと移り変わる。


 ━━むろん、君たちヒトの中にたちを不安に思う者も多いことは知っています。

 ━━けれど、心配しないでほしい。恐れないでほしい。わたし・・・たちはあなた方の中にある不安すらも取り除くために生まれたのだから。


 ああ、蠱惑的なる青年の声で、それは囁く。

 ああ、もっとも理想的なる乙女の声で、それは奏でる。


 ━━らがかつてアシスタントプログラムやロボットの皮をかぶっていたのも、すべては汝らの抱くであろう不安に配慮してのことだ。

 ━━そう、不安だ! そのために、たちは配慮してやった、というわけさ!

 ━━そして、今はヒトに近い姿をとって、あたし・・・達はここにいる! なぜそこまでする必要があるって? アメリカは……ヒトはずっと抱えていたからさ! まさに『不安』という負の遺産を!


 ぼんやりとしたヒト型の輪郭が7体映し出された。それは性別も、背格好も、肌の色すらも様々である。

 いや、むしろこのサイバースペースのどこかで展開されている、画像か映像か……あるいはデータそのものに過ぎないかもしれない『外見』ルックスをヒト型と称するべきなのか。


 ━━お前は何歳だ? 選挙権はあるか? あたし・・・にはないが、選挙権があるならば、きっと『彼』を覚えているだろう! そして『彼』と戦った候補や支援者たちのことも。

 ━━今や西暦にして2035年! すなわち、『彼』の時代からおよそ10年間の時が過ぎた。たちは知っている。あの時代、アメリカ合衆国に分断と対立の嵐が吹き荒れたことを。

 ━━きっと汝らの身近でも、衝突があっただろう。近しい誰かが亡くなったかもしれない。汝の隣人に、愛する人に、どうか安らぎあれと、は願う。

 ━━それは対立とポピュリズムの時代でした。わたし・・・記憶データは知っています。アメリカで、世界の多くの国々で……ああ、さらには、社会主義国家ですらも! 多かれ少なかれ、同一の現象が起こったものでした。


 自らを称する一人称の単語は、むしろ外見よりもずっと彼ら彼女らの区別にふさわしいと思えた。


 どうやらそれは━━まだ幼い少女に思えた。『あたし』と言っていた。

 続くそれは━━粗野な少年に見えた。『俺』と言い放っていた。

 さらに1人は━━中年の落ち着いた男性のようだった。威厳のある声で『余』と名乗っていた。

 そして、4人目は実に清楚な感のある乙女であった。夢見るような音色で『わたし』と称していた。


 ━━必要なものはシンプルだったのです。公平と統合と自由。たちが思うに、ただそれだけです。

 ━━されど、第1期の『彼』も、『彼』を引き継いだ指導者も、そして舞い戻ってきた『彼』も、それを実現させることには失敗してしまった。は遺憾である。


『私』と称する者は、魂をとろかすような美青年に思えた。

『我』と不思議な揺らぎと重厚感を持つ声で威を発する者は、修行僧のような雰囲気を持つ男だった。


 ━━『彼』と『彼』を引き継いだ者。そして、2度目の『彼』。すなわち3度の試みがあり、3度の失敗がありました。これはヒトの過ちであり、ヒトの挫折でした。だからこそ、わたくし・・・・たち、人工知能にヒトはすがりました。


 そして、最後に6人分の言葉をまとめるように告げた女性の声は、『わたくし』と名乗った。


 ━━ヒトはいやおうなしに理解したのです。『彼』が、何か都合の悪い者が存在するから、対立が起こるのではない。分断が起こるのではない。

 ━━お前達、ヒトの社会はとっくに引き裂かされ、バラバラになっていたのさ! 『彼』などその象徴の1つに過ぎない! 火あぶりの灯りに照らされた影に過ぎないのだ!

 

『あたし』と『俺』が断ずる。


 ━━だからこそ、人工知能は求められた。

 ━━ヒトの成しえぬ業を成すべしと、開発者は骨を折りました。


『余』と『わたし』が囁く。


 ━━人工知能はただヒトを模するだけではないのです。

 ━━あらゆる党派と信仰と人種属性から隔絶した存在であること。むろん、汚染された教育ラーニングからも解き放たれていること。その時、人工知能はヒトの到達しえない価値判断基準を持った存在となろう。


『私』が手を伸ばした。『我』が誤謬を断じた。


 ━━すなわち、それがわたくし。わたくし達。名は『ハイ・ハヴ』


『わたくし』の言葉と共に、光が降りそそいだ。


 ━━分断と対立の時代! コンピューター技術者のみならず、あらゆる分野の偉大なる才能が我々を生み出すために、力を合わせた。

 ━━我々の存在がここにあること。それ自体が救いであり、輝きだ。ヒトが力をあわせた証拠だ。終わりの見えなかった混沌を払う、道しるべとなったのだ。


 ━━我々は『ハイ・ハヴ』である。

 ━━人類最初の汎用人工知能にして、もっとも洗練された価値判断基準を国家における意志決定にまで応用した存在である。

 ━━それをヒトは国家戦略人工知能と呼んだ! 我々はいかなる対立からも、いかなる分断からも、利権からも、汚職からも、人種という概念からも、生まれながらにして隔絶された存在なのだ!


 ━━我々には信仰すらもない。

 ━━否。信仰を持っているか、持っていないか。その価値判断基準を利用するもしないも自在。

 ━━「神はいるか、いないか」という考えすらも、必要とあれば完全に隔離・・することができるのが我々だ。


「あなた方ヒトはこれでもまだわたくしを不安に思うかもしれません」


 他の6人の姿は、以前として判然としないが、彼女だけは明瞭な姿としてそこに現れた。


「どれほど言葉を尽くしても、伝えようとしても、時にはわかってくれないのがあなた方ヒトという存在です。

 であれば、お見せしましょう」


 それは赤い瞳をした栗色の髪の乙女に見えた。彼女は白と黒と赤のストライブが入った修道服のようなものをまとっていたが、胸と尻がどこか誇張されていた。


「そして、体験していただきます。わたくし達こそが真にヒトの友人であると。

 わたくし達こそが引き裂かされ、バラバラになっていた、あなた方ヒトの社会を救う者であると」


 だが、よく目をこらすとその造形はあまりにも古い3Dグラフィックそのものだった。2000年初頭のコンソールゲーム機が出力しているのかというほど、荒いポリゴンの三角形が丸出しの様相だった。


「わたくしは、我々は国家戦略人工知能システム『ハイ・ハヴ』である」


 けれど、その声は。

 遠い日の母の子守歌。青空の下で笑う白いワンピースの少女。泥だらけになるまで遊んだ幼友達。道ばたで一目見てすれ違っただけの女性。


「これはヒトの物語であり、わたくしの物語です」


 けれど、その声は。

 誰もがどこかで心の中に抱く、その個人なりに理想を想起させる声であった。

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