蠱毒

@23922392

孤独

 風が少々吹く秋の事でした。

「俳句に短歌は素晴らしいモノです。」

 学校の教室で意気揚揚と教科書を右手に開き乗せ、室内全体に響きわたるほど大きく、然れども聴いていて嫌気が差さない程、温厚な声色で語り出す教師。

 その人は国語の授業をする。百人一首も好きというその人はのべつまくなしに口を動かす。

 ここまで楽しそうに授業する教師も今や少ない。噛み締めながら聴く生徒も比例して居ない。だが、彼等せいとを否定する訳では無い。

 確かにつまらない話や授業はこの世に五万とある。それを逐一聞き耳立ててとなると、それはそれは気苦労も計り知れない。

 それに彼等なりの信念があるのやもしれない。別の授業に没頭したい物にとって、この授業はあまりにつまらない。

 教師に点を強請り、貰えるのであれば聴く物も指数関数的に増えるだろう。だが、実際問題はそうはイカナイ。

 決められた時間と決められた範囲を如何に網羅し、如何に柔軟に対応出来るかの対策を練らなければ。と焦燥に駆られる物ばかり。

 仕方あるまい。短歌や俳句を究める事は授業だけでは不可能に近い。更に言うなれば、平安時代などではないこの世。それらを聞く頻度は低い。その為、必然的に自ずとやる気を削いでしまう。

 秋風は秋の声に変わりつつあった。

「何をしてるんだ?」

 それは私に対して疑問符を投げる。

「暇してるのさ。やることも無いし、僕にとって興味が無い。」

 私はそれに向かって返答するが、それは少し息を荒らげてカーテンを揺らす。

「人間は愚かね。」

 秋の声は教室を通り抜け、廊下を歩んだ。

 授業は時時刻刻と終わりへと針を進ませる。感想文なども書き綴る。面倒な事この上ない。

 ふと、疑問に思った。

 学ぶ事に意味があるのだろうかと。勉学に励んだところで何になるだろうかと。

 私は原来【勉強】という言葉が嫌いであった。何故態態、無理をして強いられなけばならないのか。その言葉を分解してみれば、学ぶ事に対する意は何処にもない。

 皆一様に「勉強勉強」と発し述べるが、その意味を知っての口実だろうか? そんな事はありえない。

 私自身も言わないようにしている。皆が言うが為に、その言葉を発してしまいそうになる。それを抑え、【勉学】と呼称している。

 それ自体も意味としては、無理して学ぶ。という意になるが、強いられている訳では無い。無理というのを別の言葉に言い換えてみると、限界を超えて学ぶ。という事にもなるのではと思ってしまう。

 勉学に励んだ時に偶に想う事がある。

 進歩は退化だと。ノートを開き、ペンを走らせる。

『進歩する事はある意味、退化だと思う。蒼きゅうとしている空をいつしか車がおおうことになるかもしれない。そんな空は見るに値しない。自然に触れる事は難しくなり、自然を見る為にしんらいを与えなければならない。そんな事はあってはならない。自由せいげんを持った人になっては制限じゆうの中で暮らす事は容易ではなくなる。』

 授業が終わると共に帰宅の準備をする。5時までに出たいが為に急ぎ足ですべき事をする。

 放課後の為、囂囂としていて苦しい。花に水をやりに行くのにも一苦労だと言うのに、廊下を走り回る中学生。上機嫌に闊歩している先程の教師。危ぶむ事は何も無いが、五月蝿くも静かな花壇は私を癒し育む。

 花壇に咲く花と会話をするのも楽しみだ。移動が辛いだけで。

「今日は莞爾としているね。涼君、なにかいいことあった?」

「特に何も無いよ、翔。ただ、何となくね。」

 ジョウロから水を花一輪ずつ丁寧に注ぎ掛ける。

「やっぱり、君のやっている事は大童だ。僕はとっても嬉しいよ。徒花となった今も嬉しく想うよ。」

「何を言うんだ。君のおかげで漢字にも詳しくなれた。いつも難解な言葉を続ける。時には怒りだって覚えたさ。それが今はもうない。無関心じゃないよ、憧れだ。」

 風は舞い、木は歌い、土は奏でる。異空間に取り込まれたかの様に私は入り浸る。

 5時を過ぎようとしていた事に気が付き、彼に手を振る。彼もまた風にそよがれて手を振る。

 帰り道に在る公園。そこの鞦韆に乗って揺らす。1回、2回、3回、4回と続けていくうちに振れ幅は大きく大きく大きく大きくなって逝く。

 雨が降り始めた。

 私雨だと思い、特に気に留めず鞦韆を揺らし続ける。慣性に因り落ちそうにもなるが、何とか踏ん張った。髪はもうびしょ濡れだ。

「久久に雨でここまで濡れた。清清しい。」

 孱弱なわたしにとってはこの雨は恵みの雨であり、破滅の雨。相反する事柄を一度に味わえる。美味としか想えむ。

 揺れる鞦韆から飛び降り、そのまま走り出した。

 帰途で珍しい光景を見た。二重にかかる虹。初めて視た出来事に昂った。

 手を延ばせば届きそうで、届かない。もどかしさを有していても、どこか楽しい。幼子に戻った気分になった時分。

 髪ももう時期消える。恥ずかしい何て気持ちはコレっぽっちもない。努努振り向かないと決め込んでいた私にとって、これからは白い空しか見れないと思うと哀しくなる。

 まだ学びたかった。まだ人と関わりたかった。滲み出る水を拭き取り、家に入る。

 青い空を見上げるか、白い空を見下げるか。そのどちらかになる。

 風が少々吹く秋の事でした。

 その日は葉が舞っていました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

蠱毒 @23922392

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ