第3話 Maler -画家-2/2

 彼は、琥珀色の瞳を輝かせた。


「きみが手紙を届けてくれたの?」

「はい!あ、あの……私」

「お隣の七宮ののちゃんだよね?ありがとう」


 え、なんで私の名前……と思ったが、きっと挨拶をしにいったときにお母さんが話したんだろう。

 彼はふうん、と言いながら封筒を裏と表にクルリと回していた。何も言わずただ私のことを見つめている。なんだろう……。

目が合うと、彼は高そうなスーツの襟元を整えてからにっこりと微笑んだ。


「あぁそうだ。僕はレオン・アーデルベルト・ハイネ。……っていうのは長いから、ハイネとも呼んでくれて構わないよ。ドイツ出身のしがない画家だよ。これからよろしくね」


 差し出された手は大きく、しっかりしていた。私はすかさず握手を交わす。またふわり、とラベンダーの香りがした。きっとあの長い髪から香っているのだろう。


「へぇ!画家さんなんですね。私も絵描くの大好きなんです!」

「へぇ、そうなんだね!どんな絵を描くの?」

「えっと、漫画を……」

「すごいじゃないか!ぜひ見てみたいね」


 私はハッと我に返った。



 そうだ、こんな和やかに会話してる場合じゃないよ!聞きたいことがあったんだ……!


 私は心を落ち着けるために一息吸ってから、ハイネさんは聞いた。


「あの、ちょっと聞きたいことが……」

「そうだ。僕もきみにひとつ聞きたいことがあるんだ」


ん?


「きみたちには、僕たちが引っ越してきた事になってるんだよね?」

「そうじゃないんですか?」

するとハイネさんは深いため息をついて、頭を抱えた。


「……やっぱり。おかしいと思ったんだよ」


 眉間にしわを寄せ、額に手を当てて首を振っている。

横にいるアリーゼさんに何かを呟いていたが、日本語ではないので分からなかった。しばらくして再びこちらを向いたと思うと、彼は神妙な顔つきで一歩こちらに踏み出した。


「あのね、申し訳ないんだけど、そのことは忘れてく

れないかな……」

「ええ!?」

「その……とにかく知られたらまずいんだよ。

不思議に思わなかったかい?きみとお家の人以外、僕の家が昔からあった、って言ってたこと」

「言ってた……けど」


 洋館が急に建っていたことを学校で友だちみんなに聞いたが、全員が全員、昔からあった、としか言わなかった。引っ越してきたと言っていたのはお母さんと私だけだ。

どうして、私たちとみんなで認識が違うのだろうか。


「これだけ言っておくが、きみはなにも悪くない。でもきみには、知られてはいけことを知られてしまったからね。

ーーだからちょっとばかり、記憶に細工をさせてもらうよ」


「!?」

 この人、いますごく恐ろしいこと言った気がする。


 言動とは裏腹に、彼は微笑みを絶やさなかった。それがむしろ怖くて、私の体は知らないうちに震えていた。ハイネさんは私に門の中に入るように促した。


「アリーゼ、人払いの術式は?」

「ええ、現在、問題なく稼働しております」


 術式?稼働?なんのこと?

戸惑う私を庭のイスに座らせた。


 すると、懐からシャラ、という音を鳴らしてペンダントを取り出しそれを一、二回振った。

ペンダントのトップには金色の可愛いらしい小さな鍵がついていた。上には黒い蝶が止まっているデザインだ。

 ゆらゆらと揺れる鍵がだんだんと輝きだした。それと同時になんだか大きくなっているような。

 鍵はいつのまにか手のひらに収まらないくらいの大きさになり、形も変わっていた。鍵の差し込む部分はなくなり、蝶はそのままだがてっぺんに紫色の細長い宝石が埋め込まれている。これはまるで……。


 今朝、夢で見た魔法の杖とそっくりだ。


 もちろん大きさは異なるが、金色と紫の宝石がついているのは夢で見たそのままだった。

ハイネさんは杖を私の額に当てた。


「あの、私」

「ごめんね」


 ポツリと呟いた声を拾う前に、私の頭の中に電撃のようなものが駆け巡った。



ーー痛い!


 ああ、くらくらする。

私の視界はいつのまにか闇に吸い込まれ、完全に意識を失った。

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