第2話 Maler -画家- 1/2
(洋館……こんなものがいつの間に……?)
一般的な住宅街にそぐわない、本当にまるで絵本の世界に出てくるような洋館がそこにあった。白い壁に、チョコレート色の三角屋根が可愛いらしい。柵に覆われているが庭が広く、ピンクや黄色、紫色のちいさな花が各所に咲いているのが見える。
まるで新しくできたケーキ屋やカフェと言われても信じてしまいそうなほどおしゃれだ。
でも、部屋にワイシャツのようなものが干されているのを見る限り、住居として建てられたのだろう。
とにかく、どっちにしろ一晩で建てられるようなものではないはずなのに……。
「おっすー、のの。どしたん?」
「千秋ちゃん!」
振り向くと、見知った顔があった。水瀬千秋。小学2年生からの親友の女の子だ。私の家の前は通学路で、もちろん千秋ちゃんもここを通る。
「朝練は?」
「いや、今日はない」
彼女は中学にあがって陸上部に入部した。たしかに小学生の頃から運動神経ばつぐんだったし、運動会でも常にリレーの選手に選ばれていたので納得だ。大変だけど毎日頑張っているようだ。
「それより聞いてよ!わ、私の家の隣に、いつのまに……、よ、洋館がっ……!」
「は?」
心を許す友だちなのだから、この状況の異常さもきっと千秋なら分かってくれるだろう。
と、思ったのだが。
「何言ってんだ?これ、前からあっただろ」
え……?
「うそぉ!?」
「嘘じゃないし。少なくとも、あたしらが入学した頃からはあったぞ」
一体、どうなっているのだろう。
学校でも一日中、何人かの友だちに聞いてみたが皆口を揃えて「前からあったじゃん」と言うだけだった。
夢といい、今日の私は何かがおかしい。というよりそもそも私がおかしいのか、皆がおかしいのか、まだわからないのだけど。
(でも、これは多分……)
「よーノノミヤ!まーた変なこと言ってるんだって?相変わらず浮かれてんなぁ!」
「変じゃないもん!それと私の名前は七宮ですっ!それだと名前がナナになっちゃう!」
私がリュックに教科書を詰め込みながら言い返すと、ギャハハハ!という不愉快な笑い声が後ろから聞こえてきた。
井原大地。彼も小学生の頃からの馴染みだ。6年間でなぜかクラスが5回も一緒になっていたのでほぼ腐れ縁と言ってもいい間柄だ。そのせいか、いつも私をからかってくる。中学生になってもそれは変わらないらしい。
「どうせあれだろー?また魔法がどうのこうのって言うんだろ?」
「違うもん、私は見たんだから!」
「おい井原うるせぇぞ」
陸上部のユニフォームを来た千秋ちゃんが教室に入って来た。
「げ、水瀬」
「ったく、ののをからかうなよ」
彼女は腰に手を当てて言い放った。
「そんなに言うことないだろ。だってこいつ、魔法の杖だのホウキだの、本当にあるって信じてるようなヤツだぞ?急に洋館が建ったのだって、魔法の類だって思ってるに決まってんだろ」
「……」
千秋ちゃん、フォローになってないよ……。むしろ私の傷を抉ってるよ……。
「二人とも、もういいよ……」
私はリュックを背負い、馬鹿にする二人の間を引き裂くようにして足早に教室を出た。
「おい待てよのの!ごめんって!」
……言われなくてもわかってるよ。あんなの普通じゃないってこと。でも私は本当にこの目で見たんだから!
学校から自宅までは徒歩5分。帰路につくと、我が家の門をくぐる前にふとあの洋館を見上げてみた。朝には干してあったワイシャツや洗濯物が取り込まれている。やっぱり人はいるみたいだ。
引っ越してきた、というかここに建てた人、どんな人なんだろう……。少し気になりだした。
「ただいま」
「あ、のの。ちょっとお使い頼まれてくれる?」
「なぁに」
少し不機嫌に返事すると、私がローファーを脱ぐ前に、お母さんが玄関に駆け寄ってきた。
「その、お買い物じゃないんだけどね、お隣さんの郵便物がうちに間違って入ってたのよー。お母さんいま料理してるから渡してきてほしいんだけど……」
渡された封筒はエアメール用のものだった。宛名も何語かはわからないが、英語に似た言葉が書いてある。
「お隣の方、今日引っ越しできたみたいでご挨拶に来たんだけどね、その後に入ってたから渡せてないのよ」
「え?!うちに来たの?!」
どうやら、今日のお昼過ぎに引っ越しの挨拶に来たらしい。足元に目をやると、置いたままの蕎麦の入った紙袋があった。これがその隣人が持ってきたものらしい。
「どんな人だった?」
「それが外国の方でね、綺麗な長髪の方だったわよ。日本には10年くらい住んでるらしくて日本語はペラペラだったわよ」
外国の人、長い髪。気になることばかりだ。たしかにこの現代に、あんな洋館に住んでいるのはそのくらい変わっている人くらいしか考えられない。
手に持っている封筒に目をやった。
……まさかこれは、隣の人に会えるチャンスでは!?
私は息を飲んだ。
「お母さん、これ、私が渡してくる!」
「そう?じゃあお願いするわ」
私は封筒を振りながら家を出て、真っ先に洋館を見上げた。幻なんかじゃなくて、確かにそこに存在している。ちょうど空がオレンジ色に染まってきて、白い壁に反射しているのが幻想的だ。
そのとき、花の飾りがついた門の横にインターホンを見つけた。表札があるが名前は……。
うわ、読めない……。
「これ、何語なんだろう……」
「それはドイツ語ですね」
「へー!……って、うわぁ!?」
柵の中から声がした。
柵の隙間から顔が見えた。私より少し背が高く、可愛らしい顔をしている女性だ。ゆるく巻いた金髪をしていて、その頭の上にはフリフリの白いカチューシャが乗っかっていた。
「あ、あの、隣の七宮です。間違えてこれがうちに入ってて」
「左様でしたか。わざわざありがとうございます。少々お待ちください」
しばらくして、女性は門に回って外に出てきた。
白いフリルがついたエプロンをして、メイド服を身に纏っている。
(わぁ、はじめてみた。本物のメイドさんだ……!)
おしゃれな洋館にメイドさんなんて、漫画の世界みたいだ。なんて素敵なんだろう……。
見惚れているとメイドさんが不思議そうな顔をしたので、あわてて封筒を渡した。
「まぁ、ありがとうございます。ツェーレンドルフから……ということはご本家からですわね。受け取りました。あ、私はアリーゼ。アリーゼ・マリア・ディートリッヒと申しますわ」
「あ、あり……?」
「どうしたのアリーゼ。お客さん?」
夕暮れの風に乗ってラベンダーの香りがした。ほのかに甘い風にスカートがはためく。庭に咲いた色とりどりの花びらが舞う中、ひとりの紳士が立っていた。
「ご主人様!」
たなびく長い髪……きっと、お母さんが言ってた人だ。
見上げるほど背の高い人だ。たぶん190センチはあるだろう。しかし不思議と威圧感はなく、むしろ柔和な印象を受けた。
彼はさらさら揺れる髪をそっと耳にかけると、貴族のような片眼鏡の奥の、まだあどけなさを含んだ琥珀色の瞳を輝かせた。
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