天使と魔法使いのアトリエ

すいすい

第1話 夢 -Traum-

――名もない「黒」が空を覆い尽くしたまま、世界は終わる。

 空の「青」は遠く、その色を知る者はもういない。争いは「赤」を生み出し、人々は鉄の匂いに咽ぶ。

 なんて、みにくい世界なんだろう。


 薄れていく意識の中、頭上から声が聞こえた。知らない人の声だけれど――、不思議と安心できる声だった。どうやら私は、声の主に抱きかかえられているらしい。視界の端に黒いマントがなびくのが見えた。そして、私を抱きかかえる腕の反対側には、黄金の杖。長さは私の身長と同じくらいあって、蔓や木の実のような彫刻が施されている、美しい杖だ。


 でも、なんで私、抱きかかえられているんだろう。

 疑問を遮るようにして、甘い声は続けた。


 大丈夫だ。俺を信じてほしい。

 最後の力の振り絞って君の光となろう。純粋なる色の君を。


 彼が杖を天高く掲げたとき――。


 ドンドンドン!!!!!

「うひゃああああ!!!!!」


  何かを激しく叩く音がして、私は目覚めた。

 真っ先に飛び込んできたのは見覚えのあるピンクの布団に、魔法道具の本。


「のの!いつまで寝てるの?!朝ごはん出来てるわよ!」

「え?!は、はーい!」


 お母さんの声にとりあえず返事をしておいた。

 ベッドの上に座ったまま考え込む。


「もしかして……今のって、ぜんぶ夢?」


 そう言いつつどんな夢だったか思い返しても、もうほとんど覚えていなかった。

 大地が枯れ果てて、大変なことになっていたのは覚えていたけれど、ただハッキリと覚えているのは、風にたなびく黒いマントに金の杖と甘く優しい声だけ。

 きっと寝る前に魔法道具の本なんか読んでたからだ。だからあんな夢見ちゃったんだ。

 ふと思い出して、ベッドの下からスケッチブックを取り出した。


「あの人、やっぱり同じだ!」


 私が描いた魔法使いそっくりだった。金色の杖のデザインまで……。


 そうだ、自己紹介がまだでした!私は七宮のの。中学1年生です!

 趣味で漫画を描いてるの!……親にはナイショだけど。

 そして実は大きい声では言えないんだけど、魔法というものに憧れていたりして……。絶望は希望に、闇だって光に変えてしまう奇跡の力。そんな力が使えたら、本当に素敵なことだと思わない?


「そんな力が本当にあったら、いいのにな」

「のの!」

「はーい!今行く!」


 こんなにも夢のことが気にかかるのは初めてだ。知らない人のはずなのに、なぜか気になってしまう。

 あの人は、いったい誰なんだろう……?

 私は、再びベッドの下にスケッチブックを滑り込ませた。



 ***



 丁寧にブラッシングした髪のてっぺんをピンクの花のヘアゴムで結ぶ。セーラー服のリボンを整え、あとは魔法のステッキのマスコットがついたリュックを背負うだけだ。これもピンク色。中学受験の合格祝いに買ってもらったものだ。


「それじゃ、いってきまーす!」


 私は勢いよく家を飛び出した。朝からへんな夢を見てしまったけれど、切り替えて今日も一日頑張っちゃうぞ!


「ん?」


 家を出た瞬間、とてつもない違和感があった。まるで何か、日常的に見かけないものを見た気分だ。

 その正体は隣だ。家の隣の敷地だった。隣はたしか土地が売られていてまっさらな場所だったはずだ。


 どういう事だろう。


 一晩のうちに、洋館が立っていたのだ。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る