④
新宿駅東口に行くなんて、趣味である書店巡りで某巨大書店に立ち寄る時ぐらいしかなかった。
今も霊媒師の鑑定よりも書店へ行きたいという気持ちを抑えながら、調べた地図を頼りに知らないビルへと足を進める。
たどり着いたビルは 一階が飲み屋で、その四階にその鑑定所があるらしい。エレベーターで四階へ昇りドアが開くと薄暗く、赤いカーペットが引かれ、ちょっとアロマなのか甘いような鼻につんと突くような臭いが充満している部屋が目の前に広がる。
やはり来ないほうが良かったのか。
引き返そうと思ったが、予約をしてしまったのにそれをすっぽ抜かすのも気が引けて恐る恐る部屋の奥へと足を進める。十メートルくらい歩くと黒いカーテンで下がっている所にたどり着き、ゆっくりそれを捲ってみる。すると、そこには青いワンピースを着た痩せ型の五十代くらいの女性が座っていた。
「あの、すみません」
「こんにちは。予約していた柴田さんですね」
「はい」
「こちらにおかけください」
女性は私の顔を見るなり笑顔で目の前の椅子に腰掛けるように勧めてくれる。霊媒師というから、もっと変わった身なりで不気味なイメージをしていたが意外にも普通で、うちの書店にも本を買いに来てくれそうな中年の女性だったので少しホッとしながら椅子に腰を降ろす。
「今日はワンちゃんのことでしたよね。何度も蘇るって」
「はい」
「では最初に、あなたの生年月日とワンちゃんの生年月日を書いてくれますか?」
目の前の黒いテーブルに差し出された白い紙とペンに私は自分の生年月日とワンコの生年月日を書いて霊媒師に渡す。
「ありがとうございます。ではやっていきますね」
すると彼女は書いた紙に両手をかざして目をゆっくり閉じてしばらくその場に制止する。
「ワンちゃんは全身が茶色い毛並み?」
一分ぐらいそうしてから、ゆっくり目を開きながら微笑みながら語り始める。
「えっと、正確に言えば胸毛が白いです」
「そうそう」
ワンコの特徴を言っていないのに言い当てたのは少し驚いた。彼女は続ける。
「凄い賢い子ですね。教えるとすぐに覚える」
「そう。そうなんです」
「そしてあなたに家族で一番なついている」
その言葉を聞いた瞬間、泣きそうになった。そうかもしれない。いつもキャンディーは私がいる時はずっと私の近くにいる。
「そうかもしれません」
「うん。あの子が今世で受けた使命はね、あなたを見守ることなの」
「そうなんですか?」
「あなた小さいころ、だいたい七歳くらいからこのワンちゃんと一緒でしょ? この子は小さい頃からあなたと一緒にいて一緒に成長して見守ってきたの」
「確かにそうです」
声が涙声になっていた。凄い。霊媒師というのはなんでもわかるんだと完全にこの女性の能力を信じきっていた。
「でもね、仕方ないことだけど人間と犬とでは寿命が違う。その寿命がワンちゃんにも来て、でもその時、ワンちゃんは思ったの。あなたは私がいなくても大丈夫?って」
「大丈夫、、、じゃなかったかもです」
「ですよね。だから、ワンちゃんは何かに願ったの。もう少しあなたのそばにいさせてと」
「はい」
「願いは叶った。それで今、何度も蘇るという不思議な現象が起こっている。それが事の真相みたいですよ」
「ということは、今も私のことを心配しているってことですか?」
霊媒師は大きく頷く。
「そう。あなた、職業は何?」
え? ワンコのことはわかったのに私のことは当ててくれないんだと少し気が抜けたが、正直にフリーターで書店のバイトをしていると言う。
「結婚は?」
「していないです」
「恋人は?」
「いないです」
そう告げると、しばらく考え込んだ様子を見せる。
「あなた、二十六歳でしょ?」
あ、私の年齢を言い当てた。と驚いたが、生年月日を書いているのだからわかるかと思い治す。
「そろそろ、しっかりしないとね。独り暮らしなの?」
「いえ、親と一緒です」
「まだ実家。それはちょっとね。あまり言いたくないけど、それだとずっとワンちゃんはこのままかも」
その言葉が突き刺さって、涙が一気に引っ込んだのが分かった。さらに彼女は続ける。
「ワンちゃんはね、今地縛霊みたくなっているのよ。あ、地縛霊って知っています?」
「知っています。死んだ後も成仏できずにその場所に魂となってずっと居続けてしまう霊のことですよね?」
「そう」
地縛霊と聞いてあまりいいイメージはなかった。それがうちのワンコだなんて。
「人間もそうだけど、犬にだって来世というものがあるのね。それが、今のままだとその次へ行けなくなってしまっている状態なの」
「あの、どうすればいいのですか?」
そんなの決まっているし、自分でも何となく気づいていたがとりあえず聞いてみる。
「大変だろうけど、あなたが頑張ることですね」
はっきりとは言われなかったが、大きく変わらないといけないということを言いたいんだ。
「はい。そろそろ時間ですね。今日は三十分だったので一万円ですね」
私は霊媒師に一万円を渡して、席を立った。去る時に、霊媒師から頑張ってねと後ろから背中を押されるように言われた。ありがとうございますと軽く会釈する。
エレベーターで下に降りながらこれからどうしようかと考える。
ため息が出た。
わからない。とりあえず、せっかく新宿まで来たんだからいつもの大型書店にでも寄ろうかとビルを出ると、書店へと足を運ばせた。
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