店内に閉店を告げるアナウンスと音楽が流れ、最後のお客さんを見送った後、蛍光灯がゆっくりと消えてレジの部分だけが点いている状態になった。

 私は軽く店内をモップで拭き掃除をしながら本棚の本をチェックする。掃除は仕事だが、このチェックは業務ではなく自分の趣味である。

 あ、これ新しい本だな。これまだ売れ残っている。可愛そう。いろんな思いを巡らせながら本を見ていく。

「何か気になった本はあった?」

 と、声をかけたのは店長の青木さんだった。

「す、すみません。ちゃんと掃除します」

「いやいや、むしろそうしてどの本がどこにあるかを見てくれるのも立派な仕事だよ。仕事熱心でこっちは助かるよ」

「そうですか? こんなのが役に立っているんですか?」

「勿論!! だって、俺よりも柴田さんの方が本がどこにあるか、その本がないか知っている時あるもん」

「そうですかね?」

「うん。だって、お客さんに本があるか聞かれたらとりあえずパソコンで蔵書を調べるけど、柴田さんは聞いた途端に本棚直行だし。凄いよ」

 逆に言えば、私ができることなんてそんな特技とも言えないものだった。それに特技というのはそれなりに努力して習得したものをそれと呼ぶと思っていた。だから、特に努力もせずただ好きで自然とそうなってしまったものに凄いと言われるのは、それを凄いと言ってくれる青木さんの方が人間として尊敬できた。

「ありがとうございます」

「あの店長。このシリーズはいつ入荷するんですか?」

「えっと、これ? これは確か、、、わからない。どうして?」

「いや、この啓発本は読んだんですが、続編が出たって最近耳にしたんで。それなりに人気があって売れた本だと思ったんで」

「確かに。でも、人気があるってこれ五年前に刊行されたものだよ? よく覚えているね。と言うより何冊本を読んでいるの? 家に本がいっぱいでしょ?」

「いえいえ。そんなことないですよ」

 そんなことはある。本屋で勤めていることで割引で本を購入できることもあっていろんな本を片っ端から読んでいる。何冊年間で読んでいるかは数えたことがないけれども、読み終えた本の置き場所に困って、結局お母さんの実家に送って倉庫に保管してもらっているのが現状だ。本を売ったり、ましてや捨てることは私にはできなかった。

「ねえ、柴田さん。考えてくれた?」

「え? 何がですか?」

「社員になる件」

 私は言葉に詰まった。前々から社員になってほしいと店長からは打診されていた。

「柴田さんみたいな人に、社員になって本屋をしっかりと運営して欲しいと思うんだ」

 バイト店員がしっかりしていないとかそういうことを言っているわけじゃないよと店長は付け足す。

「社員ですか、、、」

 頼りにされることに悪い気になる人なんていない。私もそうだ。ただ、社員となるとハードルが高くなる。そもそも社員になって今以上に働いて、お金を稼いで何になるのかと考えると今のままでいいやという結論になってしまう。

「なんだろう。責任がかかるとか、仕事量が増えることが嫌なの? それは責任がないわけじゃないし、仕事も多くなるとは思うけど、柴田さんならできるよ。というより、そう思わなかったらこんなこと言わないよ」

 嬉しいけど、気持ちは変わっていない。この話になるといつも苦しくなるので話題を変えてみる。

「そういえばなんですが、ちょっと聞いてほしいことがあるんですけれども」

 床掃除をしながらレジに着くと、モップを置いてレジのお金を取り出して売り上げを数えながら話を続ける。

「あの、うちに犬を飼っている話したことありましたっけ?」

「いや、初耳」

「そうですか。私の家、犬をずっと飼っているんですけど」

「おお、俺も実家で飼っていたよ。十年くらい生きていたかな」

 十年。その数字を聞いた時、自分のワンコの話をしそうとしたことを後悔した。絶対に信じてくれる話ではない。

「で、犬がどうしたの?」

 ここまで話してしまってやっぱりいいですとも言えず、ダメもとで話を続ける。

「あの、別に信じてくれなくてもいいんですけど、私の犬、四回死んでいるんです」

「え? それは四匹飼っているってこと?」

「いえ、同じ犬です」

「え? どういうこと? 同じ犬種ってこと?」

「いえ、飼っていた犬と同じ犬です」

「えっと、、、」

 やっぱりだ。店長のしかめた顔を見て理解できていないのがすぐにわかった。

「いいんです。私も意味わからないんで。蘇るんです。うちの犬。十年くらい前から」

 店長は言葉を失っていた。この本に憑りつかれた変態娘。とうとう頭がおかしくなったかとでも思っているのだろうか。

「へえ、面白い話だね。で、それの何に悩んでいるの?」

 店長は話を合わせてくれたつもりだが、顔にはどう対処していいかわからないと書いてある。店長はいい人だけどすぐに感情が顔に出る。

「どうして蘇るのかなって。最初は凄い嬉しかったんですけど、最近ではちょっと何かいつまで続くんだろうって不安で」

 私がそう告げると店長はしばらく天井を見上げて考えている様子だった。頭のおかしくなった子に対する励ましの言葉を考えているのか、それとも良い精神科の病院を紹介しようと探しているのか。

「あのさ、俺、良い霊媒師知っているけど」

「霊媒師」

 実際に行ったことはないが、オカルト本が置かれている本棚で霊媒師の本は読んだことがあるからまるっきり信じていないわけではなかった。むしろ、そういう存在もありなんじゃないかと自分では肯定している。実際に自分が今起こっていることはそういうことでしか説明がつかない。

「休日は予約でいっぱいだから平日行くといいよ。ほら、来週水曜日休みでしょ?」

「はい」

「これ、電話番号。そこの店電話予約しかできないから」

「ありがとうございます」

 霊媒師。

 唐突に相談したことだったが、これで解決できるのだろうか。当然無料ではないだろうから鑑定料金はどれくらいかかるのだろうか。もしそれで解決できなかったらお金の無駄だなと、ケチ臭いことを頭を過った。

 ただ、こんな変な話をまともに聞いたふりかもしれないが、しっかり話を聞いてくれた店長の手前行かないということもできず、とりあえず仕事が終わったら渡された電話番号に電話をしてみようとポケットにその書かれた紙を仕舞った。

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