私は幸せだ。

 私は恵まれている。

 私は世間から見れば甘ちゃんだ。

 そんなこと知っていた。周りからも言われたことは何度もあるし、その言葉が少し気になることもあったが、結局、自分は自分でいいと どこか吹っ切れて今まで生きてきた。

 家に帰ると玄関で吠えながらワンコが尻尾を振って歓迎してくれる。

 その彼女を撫でながら自分の部屋に彼女と一緒に入っていく。

 床に座って改めてワンコに抱き着く。

「ただいま。キャンディー」

 ワンコはその私の顔を舌で舐めながらヒンヒンと鳴いて帰ってきた喜びを表現する。

「大好きだよ」

 彼女の温もりを確かめるようにサラサラの毛をゆっくり摩る。

 生きている。

 確かに彼女は生きている。

 生きてしまっている。

 ホントはもう他に行きたいのだろうか。他の何かに生まれ変わらないといけないのだろうか。私自身もそろそろ変わらないといけないのだろうか。

 そんなの嫌だ。

 二十六歳にもなって、子供みたいな駄々を心の奥底では叫んでいる。そんなんじゃダメなのに。いつまでも一緒というわけにはいかないのに。

 と、ワンコが離れてボールを加えてやってきた。これで遊べということらしい。

 ボールを少し遠くへ飛ばすとそれを急いで取りに行って加えて戻ってくる。口からボールを取ってまた遠くへ投げる。それを繰り返す。

 本もワンコも気づけばそこにあった。失うなんて想像できない。

「あんず。入るね」

 ドアをノックしてお母さんが洗濯物を持って入ってくる。

「これ、自分でタンスに入れてね」

「ありがとう。洗濯物なら畳むよ?」

「いいわよ。ついでだから。それよりも、夜ご飯できているわよ」

「はい」

 母は私が炊事洗濯を全くしない、全くできないことを怒ったことややりなさいと強制したことが一度もない。というより、生まれてこの方、何かをしなさいとか言われた記憶がない。

「ねえ、お母さん。時々は私、料理しようか?」

 そう言った私に母は驚いた顔で振り向く。

「あんずちゃんが料理? できたっけ? 料理」

「いや、できないけど、卵焼きくらいは」

「何どうしたの? 急に。料理したくなったの? そしたら喜んで教えるけど」

「いや、そうじゃなくて。いつも作ってくれて悪いなって」

「どうしたの急に。どうせお父さんの分も作らないといけないからあんずの分もついでだし、お母さん、料理嫌いじゃないし、やっていて苦にならないのよ」

「ホントに?」

「嘘ついてどうなるのよ。あんずちゃんが本が好きなのと一緒。お母さん、本読むの嫌いだもん」

 そっかと言いながら、料理が嫌いじゃないと言える母が羨ましかった。その料理で私と父の胃袋はどれだけ満たされてきたか。私は料理が嫌いでやる気にならないし、好きな本もワンコも誰の何の役にも立てない。

 ただ、両親もいつまでも生きているわけじゃない。経済的に自立しないといけない時が来る。はずだ。永遠にこれが続くことはないはずだ。いや、きっと続いてはいけないはずだ。

「どうしたの? 何かあった?」

 母にはワンコが蘇ることを言えなかった。言えないというよりも、死んだことはずっとないことになっているから、言っても何のことかわからないのだ。

「何にもない」

 そう言うしかなかった。そうだ。母はこんな私のことをどう思っているのだろうか。思い切って聞いてみようか。

「今日はカレーライスだからね」

「カレー? やったあ」

 母のカレーは大好物で思わず声をあげてしまう。その声を聞いて母が上機嫌で部屋から出て行った。

 聞きそびれた。またなあなあになってしまったと、隣にきちんとお座りをしているワンコを見つめながらどうしようもないねと苦笑いをして見せた。

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