真夜中の訪問者

真夜中の突然の訪問者は、一同を脅かせた。何より、あられもない格好をしたメリルが男の隣にいた事は、クランベリー卿だけではなくシャノンやメリオットにも多大な衝撃を与えた。誰もが言葉をなくし佇む中、一人鷹揚に構えていた男がのんびりと口を開く。


「やはり、ご迷惑でしたかな?」

「い、いえ……急な事で、ろくなおもてなしは出来ないと思いますが、それでも宜しければ是非お泊りください」


そこは老練のなせるわざなのか、意外にも最初に気を取り直したのはクランベリー卿だった。

一夜の寝床を貸して欲しいと言う男の申し出を快諾し、テキパキと使用人たちに指示を出す。その頃になって、やっと我に返ったシャノンとメリオットは、慌ててメリルに駆け寄った。


「陛……メリル様、これは一体どう言う事ですか!?」


堂々と陛下と呼ぶわけにはいかないので小声で詰め寄ると、メリルは恐縮したように身を縮め、訥々と事の顛末を語り出す。

全てを聞き終える前に、我慢出来ずにメリオットが口を挟んだ。


「メリル様とあろう者が、そんな軽率な……!」

「すまん……」

「と、とにかく、今はこの状況をなんとかしないと……」


慌てて二人の間に割って入ったシャノンだったが、それ以上言葉が続かない。この事態がどれだけまずい状況であるかを、誰よりもこの二人が知っているはずなのだ。

シャノンが恐る恐る男の方を窺うと、男は感情の読めない瞳でじっとこちらを観察していた。


「……一体、何が目的なんですかね……」

「さて……公式な訪問は明後日だったはずですが」


記憶の中にある写真と、目の前の男の顔を頭の中で重ね合わせながら、シャノンは左目にある泣きぼくろが完全に一致するのを確かめる。

と言う事は、扉の前で飄々と佇むその男は、間違いなく隣国の王という事になる。それなのに周りに人がいないのは、一体どう言う訳なのか。



「……従者は引き連れていないんですか…?」

「はぐれたと言っている」

「そんなバカな」


シャノンの当然の質問にメリルが答えると、それを聞いていたメリオットは憤然と鼻を鳴らした。


「一国の主人を置き去りにする従者などどこにいるんですか」

「私もそう思ったのだが、どこかで隠れて様子を見張っている訳でもないし、護衛の姿だってない」

「ますますあり得ない。だとしたら、あいつは偽物です」


珍しく焦りを隠せない様子で落ち着きなく腕を組み替えるメリオットに、メリルは冷静に告げる。


「断じるのはまだ早い。ともかく、奴の目的を突き止めるまで泳がしておこう」

「……泳がす?」

「このまま芝居を続けると言う意味です」


今度はどこか諦めた口調でこちらを見下ろしてくるメリオットに、シャノンは嫌な予感を覚えた。


「……芝居?」

「そうです。あなたが陛下のふりをし、陛下があなたのふりをするのです」

「む……!!」


むりだ!と叫ぼうとしたところを二人がかりで口を塞がれる。息苦しさに抵抗するよりも先に、シャノンは必死の形相で首を振った。


「ムリです!そんなの……っ」

「無理かどうかではなく、やるんです」

「頼む、シャノン。今はこれしか方法がないんだ」


男に聞かれまいと声をひそめ切実に訴えてくるメリルに、シャノンは拒絶の言葉を発し難くなる。とは言え、それを受け入れるには相当の覚悟が必要だった。


「そ、そう言われても……俺に国王の威厳が出せるとは思えません!」

「そんなの言われなくてもわかってます。でも今更女性のナイトドレスを着てウロウロしていたのが、本当の国王だなんて言えるはずないでしょう」

「それは…そうなのだが…いや、本当に……すまん」

「それに相手の素性だってわかっていないんです。もしもの場合を考慮して、陛下の替え玉を用意しておくのに越した事はありません」

「待てメリオット!そうなると、話は変わってくる」

「いいえ、変わりません。この場には私とシャノン様しかいないんです。私を失った時の国の損失を考えれば大きいですが、妃候補の代わりはいくらでもいるんです」

「おい、言い過ぎだぞ」

「そんな事を言うメリル様が、一番不安要素なんですがね。果たして、しとやかな淑女のふりなど出来ますか?」

「う…そ、それは……」

「少しずつ全員を傷付けてる……すごい……」


最早、その毒舌能力に感嘆したシャノンだった。


「何も一から十まで陛下らしくしろとは言いません。大抵のやり取りは私が間に入りますし、シャノン様は最もらしく『ああ』とか『うん』とか返事をしていればいいんです」

「そうだ。せいぜいふんぞり返って胸を張っていればいい」

「メリル様、そこは“いいのですわ”、です」

「……いいのですわ。……こうか?」

「全然違います。もっとしとやかに」

「しと……?だめだ、わからん。ちょっとお前がやってみろ」

「仕方ないですねぇ。一回だけですから、ちゃんと見てて下さいね」

「あの、今はそんな事してる場合ではないのでは……」


シャノンの最もな指摘に、二人はハッと我に返る。現実逃避したいのは山々だったが、そうもいかない理由が目の前に存在している。


「ここは当たって砕けるしかないな……」

「出来れば、砕けないようにして頂きたいものですがね」

「俺に選択権はないって事ですね……」


もうすでに諦めの境地だったシャノンは深々と溜め息を吐き、頬を叩いて気合を入れ直す。いつまでもこそこそと額を寄せ合って何かを企んでいるとでも思われたら面倒だ。


意を決して男に近付いたシャノンは、メリルの言いつけ通り胸を張り堂々としてみせる。メリルの服を借りたままだったので、シークレットブーツで10センチほど身長が高くなっていたが、それでもまだ男とはだいぶ身長差があった。


「こ……」

「まさか、君がこの国の宝石?」


シャノンの威勢をくじく形で、男が先に声をあげる。その視線を追えば、シャノンとメリオットの背後に控えるメリルに注がれていた。


「宝、石……?」

「一目見た時から、気品に満ちているとは思ったが…成程。これは確かに美しい真珠に違いない」

「真……?何だ?何の事だ?」

「お嬢様、私の後ろに」


すかさずメリルを自分の背中に追いやったメリオットは、その顔から愛想笑いを消し、冷やかな目を向ける。


「不躾で申し訳ないのですが、先に貴方様の名前をお聞かせ願えますか」


そもそも、こんな深夜に突然フラリと現れる方が礼儀知らずなのだ。遠慮する必要はないと開き直ったのか、メリオットは敢然と立ち向かった。



「これは失礼した。俺の名はスタンリー、一応これでも国王をやっている」

「やはりそうでしたか。まさかこの様な形で顔を合わせる事になるとは思いませんでした。ちなみに、こちらは我が国の国王陛下です」

「よ、よろしく」


到底、国王を紹介しているとは思えない紹介の仕方にシャノンの方が肝を冷やすが、それよりも他に気がかりな事があるらしく、メリオットはさっさと話題を切り替えた。


「ご訪問は明後日の予定だったはずでは?」

「そうなんだが、景気付けに狩りでもしようと思ってな。国境付近をうろついていたら、“うっかり”愛犬を逃してしまった」

「うっかり、ですか」

「それが絶滅危惧種の狼の血を引く犬でな。気性は荒く、野放しにしておくのは危険だと思い追っかけて来たんだが、寸での所で見失ってしまったんだ」

「……それで、無断で国境を踏み越えたのは不可抗力だったと仰りたいんですか?」


冷えた声音で追求するメリオットに、シャノンは青ざめる。衆目のない場とは言え、隣国の王を責めるような発言はまずいのではないだろうか。

確かに何かと非常識なのはスタンリーの方に違いないが、このまま衝突し、外遊行事がキャンセルにでもなったら、今後の政治に大きく影響してくるのは間違いない。

外交についてはまだ勉強不足で、どう言う付き合い方をするのが自国にとって一番良い事なのかわかっていないシャノンだったが、少なくともここで揉めるのが得策でないのはわかる。


「メリオットさ……じゃなかった、メリオット!続きは明日……」

「どこから入国を?」


取り成そうとするシャノンを遮って、メリオットは追及の手を緩めない。スタンリーも自分に向けられている不信感に気が付いたのか、心外さを表すように片方の眉だけを器用に吊り上げた。


「そこの峠さ。言ったろ?狩をしてたって。そのまま森の中を突っ切って来た」

「峠を……?まさか、あそこは険峻と言われる厳しい山岳地帯です。それをたったお一人でしかもこの短時間に越えるなど無理です」

「誰も短時間で越えたなんて言ってない。2日かかった」

「………2日?」

「そう、2日だ」


まさか、と呆れたように鼻で笑い飛ばしたメリオットは、だがホールの灯りに映し出されるその体に無数の切り傷があるのを見つけ息を呑む。


「……まさか、そんなはずがありません」

「信じる信じないはお宅の勝手だが、こっちはもう歩き疲れてヘトヘトなんだ。とにかく、今は休ませてもらえないか?」


そう言う男の主張は最もで、時間も時間だっただけに、メリオットもこれ以上彼を引き留める理由が見つけられず、おとなしく引き下がるしかないと判断する。


「理由はわかりました。ですが、だからと言って無断入国を容認できるものではありません。国の安全保障にも大きく関わってくる問題なので、また改めて……」

「はいはい、明日ね。じゃあ、おやすみ。美しい真珠の姫」


部屋の準備が整い、案内に現れた使用人の後に続きながら、すれ違いざまメリルの額にキスを落としていったスタンリーに、シャノンもメリオットも咄嗟に反応が出来なかった。


彼の後ろ姿が大階段をのぼり、2階廊下の奥に消えてから、やっと我に返った二人はそこで初めて悲鳴をあげた。


「メ、メリ、だいじょ……っ!?」

「あいつ…!なんて破廉恥な…!!」

「うむ…私は、別に」


メリルは至って平常心だったが、二人があまりにも動転しているためそちらの方が心配になる。ゴシゴシと擦りむけそうなほど強い力で額を拭ってくるメリオットに、大人しくされるがままにされながら、メリルは彼が去っていた暗闇をじっと見つめて思案した。


(一体、何が目的なんだろう……?)


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