悪い予感
メリルが室内に入ると、シャノンの診察を終えたゴードン医師が丁度帰り支度をしているところだった。いつも持ち歩いている医療バッグに、診察で使ったピンセットや消毒液などを手際良くしまっている。作業の手を進めながら、ゴードン医師は‘やきもき’しているメリルに診察結果を伝えた。
「ご心配なく。しばらくの間は、あざや傷などが目立つでしょうが、いずれきれいさっぱり無くなりますよ」
それを聞いたメリルは、心底ホッとしたように肩の力を抜いた。
「そうか、良かった……もしシャノンのきれいな顔に痕が残ったりでもしたら、どうしようかと……」
「その時は、メリルがもらってくれるんでしょ?」
小首を傾げて可愛らしく尋ねるシャノンに、メリルは少しむくれる。
「……茶化すな。本当に心配したんだ」
「ごめんごめん。でも、大丈夫だって言ったでしょ」
それでもまだ何か言いたげなメリルを制して、シャノンは改めてゴードン医師に向き直り丁寧にお辞儀をした。
「ありがとうございました」
「しばらくは安静になさってください。お大事に」
年輪と経験が刻まれたその顔に優しい微笑を浮かべ、ゴードン医師は緩慢な動作で立ち上がり、メリルに会釈をして助手に付き添われ退出していく。
部屋に二人きりになると、メリルは早足でシャノンの元までやってきて、ソファの横に腰を下ろした。
「痛みは?」
「物を食べる時とか、笑う時はちょっと痛むけど、それ以外は平気」
「何か欲しいものは?」
「さっきメイド長が、食べきれないほど果物を運んできてくれたから大丈夫」
「私に出来ることがあるなら、何でも言ってくれ」
「じゃあ、心配しすぎ。メリオット様も含めちょっと過保護すぎて困る」
これには、メリルの方が面食らった顔をした。
「どこが過保護なんだ?」
予想していた通りの反応とは言え、シャノンは漏れ出るため息を抑えきれなかった。
「ここは厳重に警戒された王城の中だよね?なのに、俺が移動する場所にはいちいち護衛がついて回るし、部屋の前にだって24時間警護がいる」
「当たり前だ。一度ならず二度までも、お前を不届き者の毒牙にかけるわけにはいかないからな。当然の処置だ」
毅然とした態度であくまでも正当性を訴えるメリルに、シャノンはほとほと困り果て、絶望的な表情で問いかけた。
「……これを一生続ける気?」
「ほとぼりが冷めるまでだ。もう少しであの二人の事情聴取が終わる。そしたら、その情報を元に黒幕を探し出す。誘拐を企んだ犯人の正体と目的がわかれば、ここまで警戒する必要もなくなるからな」
その言葉に少し安堵したシャノンだったが、事態がそんな簡単に収拾がつかない事くらい、世情に疎い彼でもわかった。
「…彼らは何と?」
「女の方はさっぱりだが……男の方は、多額の報酬と引き換えに、令嬢の誘拐と、同時に婚約者の情報を聞き出すように指示されていたらしい。その取引相手だが、あの界隈では有名な“便利屋”らしくてな。身元も居場所もわからないそうだ」
「そんな取引を突然持ちかけられて、怪しまなかったんですかね?」
「報酬に目が眩んだんだろう。何でも昔から突然ふらっと現れては、実入りの良い仕事を紹介していくんだと」
「だけど、今回こんなに大事になるとは思っていなかった?」
「まぁ、そうだな」
あの誘拐犯は、今までも何度かこうした悪事に手を染めた事があったのだろう。成功体験を知ってしまった人間が、その快感とうまみから抜け出すのはとても難しい。
思わず閉口してしまったシャノンだったが、ここで己の主張を取り下げては元の黙阿弥と、慌てて言い募った。
「メリルたちが俺のことを心配してくれてるのは、よくわかってるし、有難いとも思ってる。でも物には限度があるし……何より、いつも見張られているみたいで全然気が休まらない」
「…………そうか」
そう言われてしまっては、流石のメリルも一考の余地があった。警護に熱が入りすぎて、肝心のシャノンの心身に差し支えがあっては本末転倒なのだ。それに、今はまだ怪我も完治していない。
しばらく、シャノンの身の安全と心身の健康とを天秤にはかった結果、メリルは渋々折衷案を口にした。
「んん………わかった。では、移動の際の護衛の数を少し減らそう。それと、庭への外出も許そう。あと……そうだな、城内の散歩はいつでも許可する……これでどうだ?」
「部屋の前の警護をなくすのは?」
「それは却下だ」
シャノンとしても、ここが折れ時だと思ったのか。メリルの提案を快く受け入れ、素直に感謝を口にした。
「わかった、ありがとう。俺としてはもう護衛もいらないくらいなんだけど……メリルたちの気遣いを無駄にするわけにはいかないからね」
果たしてこれが気遣いと呼べるのかどうかは疑問なところだが、彼らが自分の身を案じてくれているのは確かなのだ。
やっとお互いの妥協点を見つけ出せたところで、ふとメリルが居住まいを正し、真剣な顔で尋ねてきた。
「傷、触ってもいいか?」
それを傷の具合を確かめるためだと思ったシャノンは、すんなりと頷いた。
了承を得たメリルは、明らかに右目とは大きさが異なるその腫れた左まぶたに、恐る恐る触れる。こそばゆさに身動ぎするシャノンだったが、メリルの行動に意義は唱えなかった。
一度触れて終わるかと思ったそれは、予想に反してシャノンの左半面を何度も往復する。腫れが引き痣になりつつある頬、唇のかさぶた、それらを一つずつ確かめるように指で辿るメリルを流石に不審に思ったシャノンは、ためらいがちに声をかけた。
「…メリル?」
「すまなかった」
蚊の鳴くような声で呟いたあと、腫れたまぶたにそっと唇を押し当てられ、シャノンは瞠目した。
咄嗟に反応出来ずにいる間に、今度はまだ痛みの残る頬に同じように唇を押し付けられる。
呆然としたまま離れていくその顔をみつめていると、視線に気付いたメリルが、居心地悪そうに笑った。
「嫌だったか?」
「いや……」
慌てて首を振ったシャノンだったが、素直にその驚きは口にした。
「でも、メリルがこんな事するなんて、ちょっと意外で……」
「こんな事って?」
「その、自分から積極的にコミュニケーションと言うか……」
「私は、人と触れ合わなそうか?」
「……まぁ、あまり得意そうには見えない」
これまた正直に答えたシャノンだったが、メリルは別に怒らなかった。代わりに軽く肩を竦め、どこか冷めた口調で答えた。
「こんな
「……だから、かな。メリルはなんだか他人との間に、いつも見えない壁が一枚あるみたい」
「国王と言う立場を考えたら、別段おかしな事でもないさ」
「メリルを初めてみた時は……とても硬質で近寄りがたくて、クールな感じがしたけど…」
「今は違う?」
興味深そうに話の続きを促してくるメリルに、シャノンは微笑を返した。
「全然違う。メリルの奥にいる本当のメリルは、すごく人懐っこくて朗らかな性格をしてるって今ならわかる」
「そうか?」
「うん、きっとそう。それに抜けてる」
これには、当のメリルが意外そうに目を瞬かせた。そんな反応を面白そうに眺めて、シャノンは幾ばくか意地悪そうに微笑った。
「じゃなかったら、国王陛下ともあろうものが虫一つで度を失って人前で服を脱いだりしないでしょ」
「…………」
返す言葉が見つからず、メリルはバツが悪そうに視線を泳がせた。
「……もう二度とないように留意する」
「当然。俺以外の前であんな事するなんて論外」
「……肝に銘じとく」
先程とは立場が逆になり、一気に分が悪くなったメリルは、形勢逆転にほくそ笑むシャノンにささやかな意趣返しをした。
女装のために薄く紅をはいたその艶やかな唇に、自分のそれを重ねる。軽く触れ合うだけのライトな口づけだったが、シャノンの正常な思考を奪うには十分だった。
ゆっくりと顔を離し、閉じていたまぶたを開いたメリルは、そのサファイアブルーの瞳を極限まで見開いて固まるシャノンをみとめ、思わず吹き出してしまった。どうやら、この意趣返しは想像以上に成功したらしい。
衝撃が強すぎたのか未だに何が起こったかわからない様子で呆然としているシャノンに、メリルは勝ち誇ったように告げる。
「私の勝ちだな」
負けるわけにはいかないのだ。誰にも。自分がこの国のトップでいる限り、その他の人々は常に自分の支配下に置かなければならない。そうでなければ、元より国王としての資質を兼ね備えていない自分は、すぐに足元をすくわれてしまう。
だから、決して人に弱みを見せてはならないと思ってきた。それが例え、好意的な相手であろうとも、あくまでも自分を優位におき、コントロールできる立場でいなくてはいけない。
と、常々自分に言い聞かせてきた。
相手の言動に一喜一憂して振り回されそうになる自分を律するため、敢えて強気な態度で誤魔化そうとした。それは決して間違いではなかったし、今までであればそれでうまくいったのだ。
一つだけ誤算があるとすれば、それは相手が“自分を女だと知っている”点だった。
「……シャノン?」
気付けば視界が反転していて、ソファの上に仰向けに転がっていた。天井画に描かれた聖母と宝石のような青い瞳がこちらを見つめていた。
「もう一回」
切羽詰まったように絞り出された低い声と一緒に、メリルの唇に先ほどの柔かい感触が蘇ってきた。思わずうっとりするほど温かくて、少し湿ったそれは、啄ばむようにメリルの唇を食む。
その心地良さに身を委ねたくてまぶたを伏せたメリルは、次の瞬間、予想もしていなかったものが口内に分け入ってきて驚いた。
仰天するほど熱いそれは、メリルの口内を無遠慮に探索し、同じく熱を持った同胞を見つけ喜んで迎えた。舌同士が絡み合う感覚に、メリルは動転し、全身の産毛を総毛立たせた。
息をするのも苦しくて、思わずすがるようにシャノンの頭に手を回せば、手触りの良い栗色の髪の毛がメリルの腕に絡みついた。外も中も彼に絡め取られたようで、自分にのしかかるシャノンの重みを感じながら、メリルは混乱する頭で必死に冷静さを保とうとする。
「……メリル、息して」
息継ぎの合間にこぼされたそれに答える吐息も、また奪われる。何度も繰り返されるその口づけが突如として終わりを迎えたのは、入室してきた宰相が室内の光景に絶句し、手にしていた書類を派手に落としたからだった。
紙の束がまるで鳥の羽根のように飛び交い、二組は時を止めて見つめあった。
コホン、とわざとらしい咳をしておもむろに散らばった書類を集め始めた宰相に、我に返ったシャノンは慌ててメリルから飛び退いた。緩慢な動作で起き上がろうとするメリルに手を貸し、小さくごめんと呟く。
どこかぼんやりとした顔をしていたメリルは、緩く首を振り、乱れていない衣服を気にするように胸元を触った。
一方、見る予定のないラブシーンを見せつけられる羽目になった宰相は、胸の内で己の間の悪さを呪った。
「……私以外の人間だったら大惨事でしたよ」
妃に押し倒される陛下の図など、下手をしたら、心臓の弱い者は卒倒しかねない。
落ちた書類を拾い終え、顔にかかる銀髪をかきあげたメリオットは、首元まで茹で蛸みたいに真っ赤にしたメリルと、全ての感情をそのポーカーフェイスの裏に押し込めたシャノンを交互に見た。
「仰りたい事は?」
「時と場所をわきまえず、失礼しました」
恐ろしいほどの真顔と平坦な口調で、平謝りしたシャノンだった。その目は、何故かメリオットの横にある壁を凝視している。一応、そこには何もないことを確認してから、メリオットはもう一度咳払いをし、釘を刺すように言った。
「真昼間の人払いをしていない部屋で、堂々といちゃつかないように」
「はい、以後気をつけます」
再び機械的に答えたシャノンの顔に危うく書類の束を投げつけそうになったメリオットは、己の強力な自制心を褒め称えたくなった。
もしこれが夜で、彼らのいる場所がソファでなくベッドの上だったら、メリオットはきっと容赦なく彼のその体を蹴飛ばしていただろう。仮に、主人が“その気”になっていたとしてもだ。
メリルの表情からその心情を読み取ろうとすれば、多少狼狽はしているものの、心の底から拒否感を抱いていないのは明らかだった。メリオットの中の不安の種が、ゆっくりと芽を出した。
「陛下、隣国の使者との面会時間が迫っております」
「わ、わかった。今行く」
通常の業務対応に舵を戻したメリオットにあからさまにホッとした様子のメリルは、ぎこちなくシャノンに暇を告げると、逃げるように部屋を出て行く。
その疾風のような早さにろくに返答も出来なかったシャノンは、ここに来て初めて表情らしいものを見せた。
「早まりましたね」
「………メリルが無防備に距離を詰めてきたから、つい」
頭を抱え後悔の念に苛まれるシャノンに同情する気は更々なかったが、思ったよりも手が早い妃候補を前に、どう牽制すべきか悩んだメリオットは直球勝負を試みた。
「初夜まで待てませんか?」
「………蒸し返さないでください。もうしません」
「別にキスくらいなら構いませんが……」
「いい訳ないでしょう!何言ってるんですか!?」
つい先程までそれを実行していた本人が否定するのだから非常に滑稽だが、メリオットは淡々と話を続けた。
「さっきのキスはライトですか?それとも…」
「ど、な、ななに、何言ってるんですか!?正気ですか!?」
「まぁ、見ればわかりましたから言わなくても結構です。で、あのあと私が現れなければどうしてましたか?」
「ど、どうしてたも何も……遅かれ早かれ正気に戻ってたと思います…」
「頭に血が上って、先に事を進めてたって事は?」
「人をなんだと思ってるんですか!?白昼堂々そんな破廉恥な真似はしません!!」
青くなって叫んだシャノンだったが、その白昼に女性を押し倒した事実があるだけにイマイチ説得力には欠ける。それに一瞬我を忘れたのも本当なのだ。欲望が理性を上回る瞬間があることを知り、ちょっと怖かった。
これ以上はどんな言葉を並べ立てても、嘘っぱちにしか聞こえない気がして、シャノンは口を噤んだ。
「別に糾弾したいわけじゃありません。ただ、あの人は“男”でいなければいけないんです」
身構えて聞いていたシャノンは、その言葉にハッと顔を上げた。
「あなたももうお気付きかと思いますが、メリル様は決して器用な方ではありません。どちらかと言うと、不器用です」
「それは、なんとなく……」
意識して、国王らしく、男らしく振る舞おうとし、本来の自分を完璧な鎧で覆い隠している。
「ですから、TPOに分けて簡単に顔を切り替えられるタイプではないんです」
「………」
「これでも私は女性と深く関わる機会が多い人間でして」
何故か得意げに語るメリオットだったが、シャノンは藪蛇になりそうだったので敢えて深い追求はしなかった。
「その中から学んだことの一つに、女性は一度“女の顔”になるとなかなか戻れない、と言う事実があります」
そこで勿体ぶるように言葉を切ったメリオットは、シャノンの反応を窺った。今までの彼の判定では、シャノンは決して鈍くはない。それどころか、基本的には勘が鋭く、外見に似合わず大胆な行動も取れる人間だと思っている。ただし、それが恋愛面になるとまだ‘うぶ’さが抜けずまごついてしまうだけで、いずれ経験と年齢が追いつけば、あながち侮れない男になる気さえしている。
もちろん“そうならないように”悪い虫を寄り付かせない配慮も、今後していく心づもりであった。
「メリルが……女の顔になるのを恐れていると言うことですか?」
案の定、メリオットの言わんとしている事を素早く飲み込んだシャノンは、同時に己に求められていることも悟ったようだった。
「脆いメッキはすぐに剥がれます。現在のメリル様は、“男である”、“国王らしく威厳のある振る舞いをする”とご自分に刷り込みをかけ、それを演じているに過ぎません」
まだ男女の明確な差異がない幼い頃は、それでも良かった。しかし、成長と共に隠しきれない彼女本来の女性らしい健やかさや、しなやかさが垣間見えるようになった。それではいけない。
「メリル様が意識しなくとも、国王の顔と、本来の女性である時の顔、使いわけられるようになるまで過度な接触は避けて頂きたいのです」
「………キスはいいと言いながら、やっぱり牽制しているように聞こえますけど」
本人は無自覚であったが、ちょっぴり不満げな口調になってしまったシャノンに、メリオットは笑いをこぼした。
「恋を覚え始めた男女に触れ合うなと言っても無理でしょうから」
「人を抑制の効かない猿みたいに言うのやめてください」
「おや、違いましたか?私があなたのぐらいの時は、もっと見境がなかったですよ」
胸を張って言う事かと呆れたシャノンだったが、彼とまともに張り合ってはダメなことに薄々気付き始めていたので、出来るだけ無反応を貫いた。
とにかく、シャノンもメリルのためにならない事はしたくないのは一緒だったので、その方針には一も二もなく賛同した。その上で、確かめるようにメリオットに問いかけた。
「メリオット様は、相手が俺である事に反対じゃないんですか?」
「そうですねぇ、最初はどうかと思いましたが、今となっては逆に利用しやすいかなと思っています」
あまりにもあけすけな物言いに一瞬返答に詰まるが、反対されるよりはマシかと思い直したシャノンだった。
「と言う事ですので、あなたには存分に目立ってもらわなくてはいけません」
「は……?」
これまでの流れとどう脈絡があるのか理解に苦しんでいるところで、目の前に置かれた大量の書類に目を剥いた。まさか、自分のためのものだとは思っていなかったので二度ビックリだ。
「え、これは……?」
「我が国の成り立ちや政治、法律などをわかりやすくまとめたものです。後日、改めて講師を呼びますが、その前に予習をしておいてください」
「なるほど、妃修行の一環という事ですね……」
「その通りです。人々の上に立つ者、誰よりもこの国の事に詳しくなければなりません。特に歴史を重点的に学んでおいてください」
「かしこまりました……」
物覚えには自信があったが、何せ量が量なだけに先が思いやられそうだった。少しうんざりした気持ちで書類の束をめくっていると、メリオットが本題に立ち戻った。
「それなりに妃らしく振る舞えるようになったら、ここぞとばかりに愛嬌を振りまいてくださいね」
「それは、メリルの女性らしさから目をそらすためですか……?」
「ええ、もういっそメリル様の影が薄くなるくらい目立ってくださっても構いません」
「それでメリルが楽になるなら、喜んでそうしますけど……」
もうここまで来たら見た目だけではなく、内面から女性らしく振る舞うことも厭わないつもりである。父のおかげで女装し続ける事にも抵抗はないし、何よりメリルの為と思えば苦痛も感じないから現金なものである。
「それで早速ですが、実践で妃修行を行いたいと思います」
「え、もうですか?」
「すみません、何分差し迫ったお披露目の場がございまして……」
「そうなんですか?」
驚いたように目を瞬かせるシャノンの手元に視線を落としたメリオットは、一つだけ他の書類と区別を付けるように革のファイルに包まれていたそれを指し示した。
「その中にあるプロフィールに目を通しておいてください」
「プロフィール?」
誰の、と問う前に手早くファイルの中を広げて見たシャノンの目に、黒い光を放つ男の顔が飛び込んできた。
切れ長の細い目で、妖艶な雰囲気を持っている。色男であることは間違いないが、どこか危険な匂いもする。何故かはわからないが、シャノンは鳥肌が立つのを止められなかった。
「この人は……?」
「隣国の国王です。それは肖像画を見て縮小サイズに描き直してもらったものです」
イラストの横には、生年月日や血縁関係など簡単なプロフィールが書かれている。それを食い入るように見つめるシャノンの違和感には気付かず、メリオットは説明を続けた。
「その国王が今度外遊にいらっしゃるので、国として盛大にお迎えしなければなりません」
「……そのおもてなしに、俺も妃として参加するんですね?」
是と頷いたメリオットに決意の瞳を向けたシャノンは、その逸る気持ちに押し流されて、先ほど感じた悪い予感など忘れてしまっていた。
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