事態の収束と進展
庭園の外れまでやってくると、周りに人がいない事を確認して馬の背から飛び降りた。ふわりと翻ったドレスの裾を鬱陶しそうにさばいて、近くにあった木の根元に胡座をかいて腰かける。
人々のかしましい気配はなく、ただ木の葉の擦れ合う音だけが辺りを制していて、シャノンは気持ちを入れ替えるように大きく伸びをした。そして、エリー嬢の被害に遭った者同士、慰め合うように馬と額を突き合わせた。
「お前もとんだ災難だったな」
他でもない自分自身に言っているような言葉に、思わず妙な笑いがこみ上げてきた。全く。このお見合いに参加してからと言うもの、トラブル続きで気が休まる暇もない。
気を抜くと漏れ出そうになるため息を堪え、シャノンは重い腰を上げた。
安心したら空腹を感じたのか、一心不乱に草を食む馬の姿に苦笑しその場を離れる。近くを巡回していた衛兵に馬を厩舎に連れ戻すように頼んだ後、再び庭園の中程へと足を向けた。
「シャノン様!こちらです!」
人だかりの中から声をかけられ、シャノンは急いで駆け寄った。
「メリオット様!…エリー様のご様子は?」
「見たところ大きな怪我はないようですが、精神的にとても疲労しているようです」
「そうですか……」
人々の輪の中心で、医師らしき人物に脈をとられながら横たわっているその姿は、先程まで周囲の迷惑も省みずに暴走していた少女と同一人物とは思えない。
「陛下はどちらに?」
「危険なので屋内に避難して頂きましたが、最後まで自分も残ると言って聞きませんでした」
「陛下らしいですね」
容易に想像できる光景に、シャノンは苦笑した。責任感の強いメリルは、事態を人に任せきりにしようとはしないだろう。
「それで、この後はどうなさるおつもりですか?」
「とりあえず、エリー様にはしばらく休んで頂いて、そのあと問題がないようでしたらお帰り願います」
「お見合いは続けるんですか?」
「ええ、一応残りの参加者の面目もありますので」
「陛下は何て……」
「…………ノ、ン…さま……」
今にも消え入りそうなか細い声が会話の合間に耳に届いてきて、シャノンは驚いて振り返った。
「……シャ、ノン…さま……」
「エリー様……?」
なんと声の主は他でもないエリー嬢で、彼女の手が何故自分に差し出されているのか疑問に思う暇もなく、シャノンは周りの人間に促され勢いでその手を取った。
「……シャノン、さま……あなたが…助けてくださったのですね……」
「あ、ええ…まぁ、はい」
「ありがとうございます…っ……あなたは…わたくしの……命の、恩人……」
「いやいや、そんな。咄嗟に体が動いただけで」
「先程の……あなたは、とても勇ましくて…凛々しくて……」
「………」
「まるで騎士のように、“オレ”なん……」
「ちょ、ちょっと待ってくださいね。彼女なんだか記憶が混濁しているみたいなので、早くベッドに運んで差しあげた方が良いのでは!?」
不穏な気配を感じて咄嗟に彼女の言葉を遮ったシャノンだったが、弱々しく倒れている人間とは思えない力で強く手を引かれギョッとした。一体どこからそんな力を出しているのか。もちろん本気を出せば振り解けるだろうが、流石にそれは人目もあるので憚られる。
「そうですね。では、彼女を担架に……」
「シャノン様!あなた様に助けられたこの身…っ、忠誠を尽くすとお誓いします!」
「い、いえ、結構です。メリオット様、早く彼女をベッドに…」
「白馬の救世主!わたくしあなたに一生——」
「エリー様、あまり興奮してはお体に触りますよ」
「すみません、手を離してください」
頑なにシャノンの手を離そうとしないエリーを周囲の人間たちが引き剥がしにかかるが、なかなかどうして諦めない。そのうち彼女の手の甲には青筋が浮かび、このままでは地獄の果てまで付きまとわれそうだとシャノンはゾッとした。
それにさっき彼女が言いかけた言葉を思い出すと、どうやら自分は咄嗟に「オレ」と言う一人称を使っていた恐れがある。まずい。これはもうバレているのか?いや、もしかしたらまだ彼女の中では自分を助けた“女騎士”という設定なのかもしれない。いずれにしろ、もうこれ以上彼女とは関わり合わない方が得策だ。
そう考えたシャノンは、いささか力任せにその手を振り解くと逃げるように後ずさった。その一瞬の隙を見逃さず、メリオットの合図を受けた医師たちが一斉に彼女を取り押さえ、担架に縛り付けるようにして運んで行く。まるで無理やり引き裂かれる恋人同士のような芝居で、最後までシャノンの名前を呼び続けたエリーの姿が見えなくなって、やっとシャノンは肩の力を抜いた。
「……私、もう二度とあのご令嬢にはお会いしたくありません」
「同感です」
強い脱力感に苛まれながら城内に戻ろうとした二人の目に、大勢の人の塊がこちらに向かって走って来るのが映る。
「メリオット様、あれは……?」
「あれ、へ……」
「シャノン——!!」
メリオットの返答を聞くまでもなく、その耳障りの良い透明感のある声音に、シャノンはすぐに誰なのかを察した。
「陛下!?」
「シャノン!!」
走ってきたその勢いのまま抱きつかれ、危うく転倒しかけるもすんでのところで堪える。抱きとめた腕から伝わってくる彼女の体の線が実にリアルで、シャノンは出来るだけ意識下から追い出すように努めた。
「へい、」
「馬鹿者!勝手に飛び出して行ったりして……!!嫁入り前の体に傷でもついたらどうするんだ!?」
「す、すみません」
「本当に心配したんだぞ……ほんとに…怪我も何もなくて良かった……」
心底ホッとしたように脱力したメリルに、シャノンはそこまで心配してくれていた事に驚きつつ、一方でどこか高揚する気持ちも感じていた。
「大変微笑ましい光景ですが……陛下、そろそろ通常の日程に戻りませんと」
ゴホンと咳払いをして、メリオットは二人の間に生まれ始めていた空気を割いた。メリルがシャノンに抱きついたのは“少女同士”の触れ合いと位置づけているのか特に言及せず、ただ先の予定のみ促した。
もちろん、周囲にいたその他数多の人々はその限りではない。
「あの、予想外のトラブルもございましたし……陛下もお疲れなのでは?少しお休み頂いてはどうでしょう」
「もちろん、そのつもりです。控えの間にいるご令嬢たちにもご説明しなければ。きっと今頃戦々恐々としていらっしゃるでしょうからね」
メリルに付き従い全力疾走してきた侍従の一人が、息を整えつつメリオットにそう進言した。ちなみに、半数以上はまだ虫の息だ。
「そうと決まればシャノン様!陛下をよろしくお願い致します」
「え、わ、私ですか?」
「他に誰がいらっしゃいます?私たちが諸々の調整をしている間、陛下とともにどこかで一休憩していてください」
「わかった。私はそれで構わん」
「陛下がそれで良いなら……わかりました」
この場合シャノンに拒否権はなく、流されるままに承諾したが、実はメリオットの腹づもりはすっかり読めていた。
先程メリルが抱きついてきた時から周りが騒がしく、どうやら周囲は二人がすでに良い仲だと思っているらしい。その勘違いは幸か不幸か、シャノンを「妃役」に仕立て上げようとしているメリオットにとっては非常に好都合だった。
そんなわけで、引き続きお見合いの準備を進めに城に戻るメリオットたちと、束の間の休息を約束された二人は、のちの合流を約束して別れた。
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