第三話 大忙しのスズメ

 僕はピーコさんと別れて、空を飛んでいた。すると、急いで飛んでいるスズメさんに出会った。


「やあ、スズメさん。そんなに急いでどうしたんだい?」

「ヒイッ!お、襲わないでください……!」


 いつもの調子で声をかけたつもりだったのに、スズメさんは小さく悲鳴を上げて逃げ出した。


「ま、待ってください!僕は襲うために声をかけたわけじゃないのです……!」


 弁解しようとしたが、スズメさんの姿は消えていた。よほど怖かったのだろうか。悪いことをしてしまったな、と反省する。僕は決して他の鳥を襲うことはしない。虫や、ニンゲンが捨てたモノを食べてなんとか食いつないでいる。スズメさんの誤解を解きたいが、どこにいるのか分からない。僕は小さく溜め息を吐いて、ひとまずここで休憩をすることにした。幸運にも、近くに川があり、喉の渇きを潤そうと川辺に着地した。


「ああ、綺麗な川だなあ」


 川のところどころが、キラキラと輝いている。それは鳩さんの首みたいに、七色に光っているみたいだ。喉の渇きをうるおしながら、さらさらと流れる川の音に聴き入っていると、僕以外にも誰かが水を飲みに来たようだ。


「はあ、疲れたあ……」


 そこにいたのはスズメさんだった。僕は、また驚かせてもいけないと思い木の後ろに身を隠した。


「夫が亡くなって私一羽だけで巣づくりするのはただでさえ大変なのにカラスに襲われそうになるし、喉は渇くし疲れるし、休みたいなあ……」


 スズメさんはそう一人でぼやきながら、水を飲む。一羽で巣づくり、大変だなあ。僕でよければ手伝いたいな。


「……ふう、お水は美味しいなあ。さて、続きをしないと……」

「……あの、」

「ヒッ!?」


 恐る恐る声をかけてみると、スズメさんは案の定驚いて逃げようとしている。


「ま、待って!巣づくり、お手伝いしましょうか?」

「……え?」


 僕の言葉が予想外だったのか、スズメさんが振り向いた。


「僕、旅をしているカラスです。時間はたっぷりあるので、スズメさんがよければお手伝いしたいなと思いまして……」

「ほ、本当ですか?!」


 スズメさんは目を輝かせた。


「もう、ほんっっっとうに!大変なんですよ!カラスの羽も借りたいってやつです!お願いします!!」


 よほど巣づくりが大変なのだろうか。スズメさんの警戒心はすっかり解けてお願いされてしまった。

 けれど、スズメさんの巣づくりを手伝うのは初めてだ。僕はスズメさんの指示で、色々な植物を探して持っていくことになった。スズメさんはできるだけ細長い葉っぱがいいと言うので、僕は目をこらして懸命に探した。たくさん持っていくと、スズメさんはつぶらな瞳を丸くした。


「すごい!そんなに集めてくれたんですね!これで丈夫な巣が作れます!ありがとうございます!」

「いいえ、こちらこそ!他に何かお手伝いできることはありますか?」


 僕がそう言うと、スズメさんは遠慮がちに僕を見上げた。


「あのう……一つご相談なんですけど」

「はい。何でしょう?」

「私が卵を産み、ふ化させる間、巣を守って欲しいのです。私はタカや蛇が大の苦手でして……。お恥ずかしながら、奴らが現れただけで身体が強張ってしまうのです……。巣を作るお手伝いをしていただいたばかりで、図々しいとは思いますが、自分一羽だけだと心もとないのでどうか一緒に巣を守ってほしいのです」


 僕を初めて見た時、急いで逃げてしまったスズメさんのことだ。タカや蛇が現れた時の彼女の姿が目に浮かぶ。彼女にとっても、卵にとっても僕が付いていた方がいいだろう。


「ええ、分かりました。ご一緒しましょう」

「あっ、あっ、ありがとうございます……!」


 スズメさんは何度も何度も頭を下げた。


「頭を上げてください。僕のことは気にせず、卵を産むことに集中してください」

「は、はい、そうですね。ありがとうございます」


 僕は巣の近くに身を潜めて見張りを行うことにした。僕は知らなかったが、スズメさんが卵を産むのには時間がかかるらしい。そして卵をふ化させるのにも。これは思ったよりも長期間の戦いになりそうだ。僕は気を引き締めて見張りを行うことにした。






 太陽が五回ほど現れて、沈んでいった頃。スズメさんは卵を全て産み終えたようだ。


「お疲れ様です」

「あ、カラスさん……。ありがとうございます」


 疲労の色が見えるスズメさん。しかし休まず卵を自分の羽で温めている。


「大変ですね。スズメさんが卵だけに集中できるように、引き続き見張りをしていますね」

「ありがとうございます」


 僕がいると気が休まらないだろう。僕は自分の持ち場に戻った。






 それから、太陽が十回ほど昇り、沈んでいった。しん、と静まり返った夜。


「きゃああああ!」


 悲鳴が聞こえて、僕は急いでスズメさんの方へ飛ぶ。そこには、蛇が巣の近くでとぐろを巻いていた。急いで蛇を嘴で突き、注意を逸らす。噛み付こうとした蛇を避け、蛇の身体を咥えて空を飛んだ。再び襲うことがないように、僕は出来るだけ遠くへ飛ぶ。蛇は僕の足に絡みついてきた。僕はもう片方の足で蛇を蹴落とし、咥えていた嘴を離す。蛇は忌々しいといった目で僕を睨みつけながら下へと落ちていった。僕は急いでスズメさんの元へ戻った。彼女は大丈夫だろうか。

 巣の近くに戻ると、スズメさんが震えながら卵を温めていた。どうやら無事のようだ。僕は胸を撫でおろす。


「ああ、怖かった……」

「……先に気付けなくてごめんなさい」

「……いいんです。本当は私が対処しなくてはいけなかったのに、何もできなかった」


 スズメさんは俯く。


「私、こども達を守るために強くならないといけないのに。カラスさんに頼ってばかりですね」

「いいんですよ。頼る相手がいるというのは、幸福なことですから」


 僕にも、そんな相手がいたのだろうか。そんなことを考えながらスズメさんに声をかける。


「……ありがとうございます。私、夫を亡くして一羽で子育てを頑張ろうって気を張り詰めていました。けれど、カラスさんに会って、少し安心しました。気を張り詰めると、かえって何も出来なくなる。この子達を危険にさらしてしまうって分かったんです」


 スズメさんは卵を愛おしそうに撫でる。


「多分、もうすぐ雛がかえります。そうしたら、カラスさんとお別れですね」

「ええ」

「寂しいですが、私は一羽でも頑張ります。あなたに手伝って助かりました。ありがとうございます」

「スズメさんの助けになれてよかったです」


 長い夜は終わり、太陽が顔を出した。その日、五匹の雛は全員ふ化した。いよいよスズメさんとお別れの時が来たようだ。


「カラスさん、本当にありがとうございました!」

「いいえ、こちらこそ」

「またこの辺りに遊びに来てくださいね」

「ええ、遊びに行きますね」

「お待ちしています」


 五匹の雛達は不思議そうな顔で僕を見つめる。恐らく僕達の会話を理解できていないのだろう。雛達は、小さくて、ふにゃふにゃで、とても可愛い。僕は彼らに笑みを浮かべて翼を羽ばたかせた。


「さようなら」

「お元気で!」


 スズメさんと五匹の雛に見送られながら僕は空を飛ぶ。次はどんな出会いがあるのだろう。僕はワクワクとしながら目的地のない旅を再開させた。


 つづく

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白髪のカラス 内山 すみれ @ucysmr

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