第二話 迷子のインコ

 僕が空を飛んでいると、何かにぶつかった。僕は空中でなんとか体勢を整える。


「いたた……」

「いたーい!ちょっと!ぶつかってきたのは誰よ?!」


 一際高い声で文句を言っているのは一羽のセキセイインコさんだった。


「ぶつかってきたのは君かい?」


 僕が声をかけると、セキセイインコさんは羽を激しくバタバタと動かし始めた。


「ぶつかってきたのはあなたでしょ!!」


 声を荒げている様子をみると、どうやら怒っているようだ。困ったなあ。僕はあまり刺激しないように、努めて穏やかな声で話しかけることにした。


「ああ、そうでした。ごめんなさい」

「ふん、分かっているならいいわ」

「セキセイインコさん、急いでいるみたいですけど、どこへ行くのですか?」

「セキセイインコさんですって?」


 空気が凍ったような気がした。寒くないのに。僕はどうやら何かよくないことを言ってしまったようだ。


「私にはね、お友達からもらった『ピーコ』っていう大事な名前があるのよ!」

「……あ、す、すみません。ピーコさん」


 僕が謝ると、ピーコさんは溜め息を吐いた。


「誠意が足りないわ」

「え?」

「口先だけの謝罪じゃ足りないって言ってるの」


 僕をじっと見据えるピーコさんは小柄ながらどこか迫力がある。どうしたら許してもらえるのだろうか。僕は困ってしまって彼女に答えをきく他なかった。


「じゃ、じゃあ、どうしたら許してくれますか?」


 僕の言葉にピーコさんは綺麗な声でさえずった。


「そうね、私のお願いを一つ叶えてくれたら許してあげるわ」

「ピーコさんのお願い?」

「ええ、そうよ。私ね、今家に帰れなくて困っているの」

「それは困りましたね。どうして帰れなくなったのですか?」

「これはね、話すと長くなるから木に止まってお話させて頂戴」

「はい、分かりました」


 僕達は木の枝に止まる。ピーコさんはこほん、と軽く咳払いをして、話始めた。






 あれは太陽が傾き始めた頃だったわ。大切な私のお友達が夕ご飯をくれたの。夢中で食べていたら、家の扉が開いているのに気が付いたわ。扉の先にはオレンジ色の綺麗な空。私は嬉しくなって扉を出たの。扉の外に出て、夢中で空を見ていたら、お友達はいなくなっていて、私が今どこにいるのかも分からなくなったわ。太陽もいなくなって、空は真っ暗。私は怖くなって、木の枝で震えながら太陽が顔を出すのを待った。今まで生きてきて一番長い夜だったわ。暗くて、寒くて、お腹もすいた。太陽が昇ってきて、私は急いでお友達を探していたの。そうしたらあなたに出会ったわ。






「……大変でしたね」

「そうなの!本当に大変だったわ。だから、私が家を探すのを手伝ってほしいの」

「分かりました。僕も同じようなものなので、お手伝いしましょう」


 僕の言葉に、ピーコさんは意外そうな顔をした。


「あら、あなたも家に帰れないのかしら?」

「まあ、そんなものです」

「あなたも家に帰れるといいわね」

「……はい」


 果たして僕に帰る家があったかどうかは分からない。あったらいいなとは思うけれど。

 僕とピーコさんは手分けして家を探した。彼女の言葉をまとめると、水色の屋根がある家で、ピーコさんの大切なお友達である小さなニンゲン、『アキコちゃん』が住んでいる。手がかりとしては少ないが、僕と彼女は片っ端から探して回った。


「アキコちゃんが住んでいる家?うーん、僕は知らないなあ。ごめんね、役に立てなくて」


 と、困った顔のスズメさん。


「アキコちゃんだあ?知らねーよそんなニンゲン」

「あ、ハイ。そうですよねすみません……」


 カラスさんは面倒そうに言った。


「どう?何か見つけた?」


 ピーコさんと合流する。僕は黙って首を振った。


「そう……」


 疲労が顔に滲んでいるピーコさん。元々小柄なピーコさんはあちこち飛び回る体力がない。それでも、家で待つ『アキコちゃん』に会いたい一心で飛び回っている。僕は何か力になりたいと願いながらも、何も手がかりが掴めないまま日が落ちてきた。


「ちょっと、ここで休みましょう」


 疲れた僕達は一度休憩することにした。他の鳥に襲われないように、鳥気のない場所で羽を休める。


「はあ……」


 深いため息を吐くピーコさん。僕は毛繕いをして彼女を労う。


「……ありがとう」


 ピーコさんは力なく言った。






 どれくらい休んだだろうか。ピーコさんは僕にもたれかかって眠ってしまった。僕がじっと動かずにいると、一人のニンゲンがやって来た。小さなニンゲンだ。僕はニンゲンに気付かれないように息をひそめる。ニンゲンは何かを投げたかと思うと、前を真っ直ぐ見据えた。


『神様の嘘つき!』


 静寂とした空気が大きく震える。その大きな振動にピーコさんは飛び起きた。


「なっ、なに?!」

『どれだけ探しても見つからないよ!毎日お願いしてるのに!!』


 ピーコさんは声の方を見て、声を失った。


『ピーコを見つけてくださいってお願いしてるのに!ひどい!!』

「……アキコちゃん……!アキコちゃんだ……!」


 ピーコさんは涙を流しながら鳴き声を上げた。


『……え……?ピーコ……?』


 ピーコさんは小さなニンゲン、『アキコちゃん』の手に止まった。


『ピーコ、探したんだよ!見つかって良かった……!』


 『アキコちゃん』は涙を流しながらピーコさんを撫でる。良かった、ピーコさんは大切なお友達を見つけられたんだ。見ているだけで僕も嬉しくなる。けれど、同時に胸がズキンズキンと痛くなった。……これは、何だろう。ズキズキと痛む胸は悲鳴を上げているよう。僕は、悲しいのかな。嬉しいはずなのに、何でだろう。


「カラスさん、ありがとう。私、帰るわね」


 『アキコちゃん』の肩に乗ったピーコさんは僕に声をかけてくれた。


「アキコちゃんが見つかってよかったね」

「ええ!」

「アキコちゃんと仲良くね」

「勿論!」


 そう答えたピーコさんの笑顔は夕日に照らされてとても眩しかった。

 僕は彼女達が遠ざかってゆくのを見守る。僕のなくなった記憶はまだ戻らないけれど鳥助けが出来てよかったな。僕はそう思いながら翼を動かす。僕の旅はまだ始まったばかりだ。


 つづく

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