白髪のカラス
内山 すみれ
第一話 旅の始まり
カラスは辛く厳しい修行をしていました。長い間、ずっと。ずっとずっと修行を続けているうちに、カラスはどうして自分が修行をしているのか忘れてしまいました。この物語は、カラスが失った記憶を取り戻すお話。果たしてカラスは自分の記憶を思い出すことができるのでしょうか。
僕は考える。なぜこんなに辛い修行をしていたのだろう。目の前にいるのは僕に試練を与えた神様だ。後光が差していてとても眩しい。神様は笑みを浮かべて、僕の黒い毛並みをなでた。
「修行を全て終えたのはお前だけだ。よくやりとげたな。では、お前が切望していた寿命を授けよう」
僕が切望していた寿命?僕は寿命が欲しかったのか。ではなぜ?僕はぐるぐる考える。けれど何かが抜け落ちてしまったように、思い出せない。神様は小さな光をてのひらに灯し、ぐるぐるぐらぐらと不安定な僕の頭に光を落とした。怖くなった僕はぎゅっと目を閉じる。痛みは感じない。それどころか、命がみなぎるのを感じる。恐る恐る目を開けると、神様は笑みを浮かべて僕を見ていた。あの光はもしかして、寿命だったのだろうか。
「神様、ありがとうございます」
僕は神様にお礼を言った。神様は笑みをたたえて、姿を消した。ありがとう神様。僕はあなたから頂いた寿命で長生きします。寿命が欲しいと願ったのは何故かを知るために。
僕は羽を広げて空を飛ぶ。風が僕の黒い羽を撫でるのが心地よい。寿命をもらったからだろうか、いつもよりも羽が軽く感じた。僕はまず、修行を始めた山に向かうことにした。そこで何か手がかりがあるかもしれないと思ったからだ。山に近づく度に、どんどんと凍えるような寒さが僕の身体を突き刺す。身を震わせながら、目的地を目指す。ようやくたどり着いた広大な山のふもとには、門番のキンメフクロウさんがいた。
「おや。君はカラスくんか。ここに戻ってきたということは、修行のやり直しか」
「いいえ、キンメフクロウさん。僕は修行を終えてここに戻ってきました」
キンメフクロウさんは金色で真ん丸の目をさらに大きく見開いて、頭の角を羽角のようにとがらせる。
「なんだって!?もう一度修行をするというのかい?!物好きだねえ、君」
「それも違います。僕はもう一度修行をしに来たのではないのです」
「ならば、なぜ君はここへ来たんだい?」
「修行を始めた時の僕のことが知りたいのです」
「修行を始めた時の君?」
「はい」
僕はキンメフクロウさんに事情を説明した。修行に明け暮れ、修行前の自分を忘れてしまったことを。キンメフクロウさんはホウ、と一鳴きした。
「なるほど。君は修行をする前の記憶を忘れてしまったんだね」
「はい」
「では、私が覚えている限りで話すよ」
「よろしくお願いします」
「君は泣きながらここにやって来たんだ」
「泣きながら?」
キンメフクロウさんは遠い目をしながら話始めた。
あの日はとても寒い冬だった。雪がしんしんと降り積もって、門番をしているのが嫌になるくらいだった。そんな時、カラス君が飛んできたんだ。君は泣きながら私にきいてきたんだ。
「ここで修行を積めば願い事が叶うって、本当ですか?」
とね。
「そうだよ」
私がそう答えたら君はとたんに笑顔になった。
「僕、修行します。修行させてください!」
寒いだろうに、カラス君は地面に頭を付けて、必死に私に頼み込んできた。けれど修行は生半可な気持ちでやるものではない。君にその覚悟はあるのだろうか。僕は君に問うた。
「修行は辛く厳しい道だ。中途半端な気持ちで始めたら、君は絶対に後悔するよ。それでも修行をするというのかい?」
「はい!なんでもやります!」
君はそれでもやると聞かなかった。だから僕は門を開けて、君をその先の修練場まで案内することにした。これが私と君との出会いだった。
「ありがとうございます、キンメフクロウさん。僕はどうして泣いていたんだろう」
「さあ、どうしてだろうね」
キンメフクロウさんは少しばかり考えて言った。
「ああ、案内している時にどうして泣いていたのかきいたなあ」
「僕は何と答えたのですか?」
「『大切な人とお揃いになりたいのです』と君は言ったよ。でも、それ以上は何も答えてくれなかった」
「大切な人……」
大切な人とお揃いになりたい。人というのは、あの大きなニンゲンのことだろうか。お揃いというのもよく分からない。それから、お揃いになることと寿命を延ばすこと、この二つは関係しているのだろうか。僕の頭には疑問符がいくつも浮かんだ。
「私が知ってるのはこれだけ。お役に立てたかな?」
「はい。ありがとうございます。あ、あと、僕ってどの方角から飛んできたか分かりますか?」
「そうだね、確か……ええと、向こうかな」
キンメフクロウさんは翼で方向を指した。僕はお礼を言って、飛び出した。
「さよーならー。大切な記憶、取り戻せるといいねー」
キンメフクロウさんに見送られて、僕は次の場所を目指すことにした。
つづく
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