第27話 残したいもの


 背の低い先輩は、カーテンを開け俺の方に向かって歩いてきた。

 心なしか視線が痛い。睨まれている気がする。


「えっと、ハイ一年です。すいません……」

「まぁいいわ。まだ成長途中だし、これから伸びるし。で、ここに何か?」


 危ない危ない、本題を忘れていた。


「えっと、ここは部室ですか?」

「そうよ、今年の入部者数で廃部になるかもしれないけどね。もしかして、入部希望?」

「はい! 入部希望です!」

「そ。じゃぁそこに座って」


 先輩の指さす方向に視線を向け、言われた通り椅子に座る。

 出てきたのは紙とペン。


「で、入部希望の理由は? どうせ幽霊部員希望なんでしょ?」


 そんな事ありませんよ先輩。俺は役職と内申点が欲しいんです。


「そんなことありません! 俺、写真が好きなんです!」


 半目で俺を見ていた先輩は、その瞳を輝かせながら俺に興味をも行ったようだ。


「っそ、そうなん、だ。でも、どうせスマホでしか撮ったこと──」

「一眼レフカメラ持ってます! 本気でいい写真を撮りたいんです!」


 先輩の瞳がさらに大きく見開く。そして、少しだけ笑みをこぼした。


「ふ、ふーん。でもね部員は二人だけ、私と部長。少なくても後三人は必要なの」

「必要?」


 肩を落としながら先輩の話は続く。


「部長は引退する。部活は最低五人から、簡単な問題よ。この部は人気がないの。だから部員も少ないし、予算も生徒会からなかなか降りないし、顧問の先生まで来なくなるし……」


 廃部? 廃部はまずい、俺の計画が水の泡になってしまう。

 それに、先輩が一人しかいなのであれば、必然的に副部長は一年から選出される。

 期待大じゃないですか!


「……三人ですね?」

「そう、君いがいであと三人。誰か心当たりでも?」

「多少なら。先輩は写真が好きなんですか?」

「好きよ。学校がない日でも良く撮影に行くほどね」


 少し寂しそうな表情で先輩は席を立ち、本棚に向かって手を伸ばす。

 そして一冊の本を手に取り、俺に見せてきた。


「これ、この学校の先輩たちが残していったもの。どう?」


 入学式や文化祭、体育祭。それに、何気ない日常の写真が詰まっている一冊。

 テイラーさんのようにうまいとは感じない、でもそこにはみんなの笑顔や想いが詰まっている。


「いいですね。みんなこの学校を楽しんでいるように見えます」

「私もねこんな写真をこの学校で残したいの。三年、五年、十年後。ずっと残していければなって……」


 微笑む先輩の表情はとても穏やかで、部室に差し込み日の光を浴び、少し幻想的に見える。

 そこからは先輩の写真に対する想いもなんとなく俺に伝わってきた。


「俺も残したい写真があります。それに撮りたい写真も。だから、写真部に入りますよ」

「ありがとう。でも……」


 俺は先輩が出した入部届に名前を書き席を立つ。


「どこに?」

「勧誘。ちょっと待っててください」


 部室を飛び出てほんの数分。俺はさっきまでいた図書室に戻ってきた。

 あてはここしかない。俺には学校で話せる生徒は三人だけだ!

 でも、ボッチではない!


──ガラララララ


「麗華! 圭介! 槇原! いるか!」


 図書室の扉を勢いよく開け、名前を呼ぶ。

 さっきまで座っていたところにまだ三人がいた。


「こほん。えっと、一年生だね? ここがどこかわかりますか?」


 眼鏡をかけたスーツの女性。そう、この図書館の先生だ。

 ものすごい剣幕で俺を睨んでいる。

 先生、図書委員、それに図書室を利用している全生徒の視線を浴びる。


「は、ははっ……。すぐに出ますね……」


 俺は三人のもとに歩み寄り声をかける。


「すまん。ちょっとだけ付き合ってもらえるか?」


 ことを察していたのか、麗華をはじめみんなバッグに勉強道具をしまい込み、出る準備をしていた。


「はぁ……。予想はしていたけど、あんな声出さないでよね。こっちが恥ずかしいじゃない」

「悪い」

「ま、唯人らしいけどね。部活の事だろ?」

「察しがいいな、さすが圭介」


 槇原も同じように席を立つ準備をしており、視線を俺に向ける。


「それって、俺も行くのか?」

「……できれば。協力してほしい」

「麗華さんも行く、のかな?」

「私? もちろん行くけど?」

「だったら俺も行く。ダメだとは言わせないぜ?」


 ソロから四人パーティーになった。

 図書室を後に、旧部室棟へ向かう。


「ゆ、唯人。ここって旧部室棟よね?」

「そうだけど?」

「えっと、こっちでする部活に入るの?」

「その予定。やっぱ古い建物は嫌か?」

「そうじゃないんだけど……」


 さっきまで元気だった麗華はおとなしくなった。


「麗華ちゃんこういうところ慣れてないんじゃない?」

「そっか、お嬢だもんな」

「お嬢じゃないし。それに、別になんとも思ってないし」


 にしては、俺の制服の袖をつかんだままだ。

 確かに古いし、うっそうとした木々が風に揺れ、何かの声に聞こえなくもない。

 薄暗い渡り廊下を通り、旧部室棟はさらにその奥。


「こんなところ、普通だったら誰も来ないな。麗華さん、俺の陰に隠れてもいいんですよ!」

「遠慮しておく。いざとなったら唯人と圭介を盾にして逃げるから」


 おいおい、そんなこと言うなって。それに、何も出やしないよ。

 そう思い、藪の中に視線を移すとぼろい看板が落ちていた。


『熊注意』


 その看板を見て俺たちは数秒固まった。

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