第18話 ゼロから始める受験対策


「はい、これ傾向と対策ね」

「さんきゅ。つか、悪いないつも」

「別に。私も必要だしついでよ、ついで」


 学校の図書室。放課後麗華の塾がない日は、こうして二人で勉強する時間が増えた。

 まさか麗華とこうして勉強する日が来るなんて、夢にも思わなかったな。


「唯人、そこ違う。ここはこの公式を使った方がいい」

「別にいいだろ? 答えは同じなんだ」

「試験は時間も決まってるの。早く正確に解かないと時間切れになるわよ」

「はいはい……」


 麗華が隣に座り、俺のノートに書き込みをしてくる。

 肩と肩がぶつかる。


「ほら、この式を──。ちょっと、ちゃんと見てるの? わざわざ説明してるんだけど?」

「み、見てるよ! この公式使うんだろ!」

「違う。やる気あるの?」

「ある! あるからこうして──」

「そこ、騒がしいですよ」


 図書委員に怒られた。しかも、他の生徒からの視線が痛い……。


「お前が騒ぐから」

「私じゃないでしょ? 唯人が大声出すから──」

「お二人とも、帰りますか?」

「「……はい」」


 さらに先生からも怒られ、図書室から追い出された。

 しょうがないので荷物をまとめて、学校から帰る。


「まったく、麗華のせいで……」

「ちょっと私のせいにしないでよね」

「どうしよう、帰るかな」

「……来なさいよ」


 よく聞こえなかった。


「は? 何?」

「私の家に来なさいよ。少しなら寄って行ってもいいわよ」

「別にいいよ」

「どうせ帰っても勉強に集中できないんでしょ? 私が部屋でみっちり教えてあげる」


 な、なんだこのオーラは。麗華から異様な何かを感じた。


「わ、わかったよ。鐘が鳴るまでな」


 初めて麗華の家にお世話になる。なにこのでっかい家。うわさには聞いてはいたけど、でかすぎないか?


「入りなさいよ」

「お、おじゃましまーす」


 玄関も広い。なにこの玄関、俺の部屋よりも広くないか?


「お前、お嬢様だったのか?」

「は? そんなわけないでしょ? 普通よ、普通」


 普通でこんなでっかい家に住めるか!


「あら、いらっしゃい。唯人さんね」

「おまじゃします!」

「麗華からあなたの話はよく──」

「あーー! 話さなくていい! 唯人、行くわよ! 勉強するんでしょ!」


 腕を持たれ、階段まで引っ張って行かれる。力強っ。

 麗華の部屋に入ると、少しだけ甘い匂いがした。部屋は白で統一されており、可愛い雑貨もチラホラ見える。


「ほら、さっさとするわよ」


 広いローテーブルに並んで座る。

 隣に座った麗華は、丁寧に教えてくれた。


「なぁ、なんでこんな丁寧に教えてくれるんだ?」


 つい最近まで、こんなに仲良くなかった。


「──の為」

「え? 何のためだって?」

『あなたがいない学校には行きたくない』

「なんで英語なんだよ」

「これくらい聞き取れないようじゃ、落ちるわね。私は自分の夢をかなえるの」


 夢の為か……。


「夢ってなんだよ」

「そのうち教えるわよ。唯人も叶えたい夢の一つや二つ、あるんでしょ?」


 あぁ、あるさ。そのための第一歩がこの受験なんだからな。


「俺も夢の為にがんばるよ」

「あんたも頑張りなさいよ……」


 俺はソフィーに会いに行くため受験する。

 そして、留学して会いに行くんだ。


 ※ ※ ※


「失礼します」


 背筋を伸ばし、しっかりとまっすぐ正面を向く。

 そして、用意された椅子の隣に立ち、足をそろえる。


「一ノ瀬唯人君」

「はい!」

「では、そこに座って」

「失礼します!」


 座ったとき、面接官が席を立って、俺の目の前にやってきた。


──パシーーーン


「ってーな!」

「はい、ダメ。足、開いたまま座ってる。初めからやり直し」

「つか、ハリセンでたたくなよ!」

「聞こえなかった? 初めからやり直し」

「……はい」


 面接の練習で麗華が面接官の役をしてくれている。

 が、一向に先へ進まない。入口から座るまで、これで五回目だ。


「失礼します!」

「ノックがない。やり直し!」

「あぁぁあぁぁ! だったら麗華がお手本見せてくれよ!」

「いいわよ」


 席を交替し、俺が面接官。ふっ、見てろよ麗華の奴!


──コンコン


「はい」

「失礼します」

「どうぞー」


 背筋を伸ばし、俺の方をしっかりと見ながら、まっすぐに歩く。

 その姿はとてもりりしく見えた。


「牧野麗華です。よろしくお願いします」


 礼の姿もきれいだ。突っ込みたいが、突っ込めない。


「では、席にお座りください」

「はい。失礼します」


 ……座り方がきれいだ。背筋もピンとしており、足もそろっている。

 そして表情は少しだけ微笑み、自信に満ち溢れた感じがする。


「えっと、牧野さんが我が校でやってみたいことは何ですか?」

「はい。明星中はほかの中学と異なり、高校までの一貫教育制度があります。その六年間で──」


 ……麗華は俺が思っている以上にしっかりと答えた。

 何個か台本にない質問もしたけど、あっさりと返ってきた。


「では、これで面接を終わります」

「ありがとうございました」


 麗華は席を立ち、扉の前まで歩く。そして振り返り、頭を下げ部屋から出ていった。


「どう? 完璧じゃない?」

「うーん、悔しいけどそうかも」

「ほら、練習するわよ。立って」


 麗華に言われ背筋を伸ばし、意識を集中する。


「曲がってる」


 麗華に腰と、足と、背中と、腕となんだかいろいろいじられた。

 ふわりと石鹸の香りが漂う。こいつ、俺よりも背が高かったのに、いまじゃ俺と同じくらいなんだな。


「何見てんのよ。向こうまで歩いて」

「おう」


 一歩二歩散歩。


──パシーーーン


「ってーな!」

「なんで足と腕が同時に出ているのよ! まさか、緊張してるとか言わないわよね!」

「してない! なんで俺が麗華相手に緊張しないといけないんだよ!」

「そこはしなさい──、じゃなくて! だったら何で普通に歩けないのよ!」

「慣れてないんだよ! なんでこんな服まで着て──」


──コンコン


「はいりますよ」


 入ってきたのは麗華のお母さん。トレイに何か乗っているのが見える。


「あら、唯人さん。その服よく似合ってますよ」

「ありがとうございます」

「馬子にも衣裳。お母さんは早く出ててっよ」

「はいはい、私はお邪魔なのね」


 麗華が頬を赤くし、おばさんを追い出そうとしていた。


「邪魔。面接練習の邪魔だから──」

「そういうことにしておきますね」


 麗華は肩で息をして、少し興奮気味だ。


「ふぅー、休憩にしようぜ! おぉ、ケーキじゃん! ジュースもある!」

「この問題解いたら食べていいわよ」

「鬼! 今食べさせろよ!」

「うちに何しに来たのよ! 受験対策の為でしょ! あんた、留学したくないの!」


 麗華は声を上げ、俺に迫ってくる。


「留学は、したい」

「何のために留学したいのか、忘れたわけじゃないでしょ……」


 次第に声が小さくなる麗華。少しだけ悲しそうな眼をしている。


「わかったよ。問題、解くよ」

「わかればよろしい。座って」


 麗華は俺の隣に座って、丁寧に解き方を教えてくれる。

 叫んだり、騒いだり、大声出したり、ハリセン好きな麗華。

 でも、いつでも俺を助けてくれる、いざっていうときは側にいてくれる。

 もし、親友って言葉があるのであれば、俺と麗華がそうなのかもしれない。


「できた!」

「違う! なんでよ! こないだ教えたでしょ!」


 受験日までそんなにない。もっと、がんばらないと!


「これで、どうだ!」

「……あってる」

「よっしゃ! ケーキ!」

「第二問。次これ」

「鬼!」

「口答えしない! ほら、さっさする!」


 鬼先生麗華。今日から麗華をオニセンと呼ぼう。

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