第17話 第一志望決めました


 二学期が始まり、いつもと同じ日常が繰り返される。

 家に帰っても「おかえりー」と声をかけてくれる子はもういない。


 暗くなった部屋でベッドに転がり、天井を見る。


「ゆいと、よわい。わたしつよい」

「ゆいと、あいすたべたい」

「これおいしい。ゆいともたべる」

「ゆいとといっしょ。あそぶのたのしい」


 あの声は二度と聞けない。あの笑顔を二度と見ることはできない。

 無性に何かがこみあげてきて、勝手に涙が出てきた。

 何泣いてるんだ俺? 馬鹿じゃないのか?

 初めからいなくなるって、わかってたじゃないか。


『また、君に会いたい』


 声に出して言ってみる。この言葉は偽物か? ソフィーに伝えた言葉は偽物なのか?

 やる、やってやる。どんな手を使っても、会いに行ってやる!


 どうしたら子供の俺がアメリカに行けるのか。父さんや母さんに聞いてみようと思ったが聞かなかった。

 もし聞いたら「どうしていきたいの?」とか聞き返されると思ったからだ。

 強いやつに会いに行くと言っても信じてもらえないだろう。


「先生、ちょっと聞きたいことが……」


 二学期のある日、帰りの会が終わった後職員室を訪ねる。


「ん? 一ノ瀬君か。珍しいわね、どうしたの?」


 担任の先生に聞けば何かわかるかもしれない。


「えっと、笑わないで聞いてほしいんですが……」

「ははーん、宿題の事?」

「違います。あの、どうしたらアメリカに行けますか?」

「アメリカ?」

「はい、どうしても行きたくて。大人なるまで待てないんです。どうしたら行けますか?」


 多分俺は今まで生きてきた中で、初めて真剣に考えている。

 どうしても、どうしても知りたい……。


「そうね……。一ノ瀬君が行けるとしたら、クイズ大会に出るか留学とかかな?」

「クイズ大会?」

「高校生がたくさん集まって、勝ち残ったチームがアメリカに行けるの。知らない?」

「すいません、ちょっとわかりません。留学の方は?」

「海外の学校に短い期間だけどお世話になるの。学校が用意した寮みたいなところか、同じ学校の生徒の所にお世話になるの。留学に興味ある?」

「その話、もう少し詳しく聞かせてください」


 先生は親身になって話を聞いてれた。なぜ俺が海外に行きたいのか、その核心には触れてこなかった。

 しかし、留学制度がある中学校があるなんて、良いことを聞いた。もしかしたら、俺にも行けるかもしれない。

 自宅に帰り、夕飯の時間がやってきた。俺は父さんと母さんに話を切り出す。


「あ、あのさ……。話したいことがあるんだけど、いいかな」

「小遣いはやらんぞ」

「苦手なもの残したダメよ。全部食べて」

「ちがう! そうじゃない、そうじゃないよ……。俺、中学受験しようと思うんだ」


 言った。言い切った。何回か先生と話をして、親とも相談するように勧められた。

 今の俺にはこの方法しかない!


「なんでまた、急にそんな──」

「母さん」


 母さんが話している途中、父さんが割って入る。


「唯人が決めたことだろ? 頑張れ。やれるだけやってみろ」

「あなた、いいの?」

「男が進む道を決めたんだ。応援してやらないと」

「お、俺! 絶対に受かるから!」


 父さんも母さんも俺は受験したい理由も聞かずに了承してくれた。

 この日、俺に目標ができた。何があっても、乗り越えて見せる。どんな手を使っても……。


 ※ ※ ※


 あの日から目標に向かって対策を立てた。いままであまり勉強してこなかったけど、これからは勉強を頑張る。

 家に帰ると勉強をしないので、放課後学校に残って勉強することにした。


「一ノ瀬君、これ良かったら使って」

「ありがとうございます」


 先生も俺が受験することを応援してくれて、いろいろと助けてくれる。

 誰もいなくなった教室。夏休み前のあの日から、いままで遊んできたメンバーは俺から少し距離を置くようになってしまった。


「うーん、難しい……」


 つけが回ってきた。解けるはず、やればできる、そう思っていた。だがしかし現実はそう甘くはなかった。


──ガララララ


「唯人、まだ残るの?」

「麗華か。もう少ししたら帰るよ」


 俺の隣の席に座り、麗華がノートをのぞき込んでくる。


「何見てんだよ」

「ここと、ここ。間違ってる」


 見直すと、確かに間違っていた。


「ありがと」

「いーえ、どういたしまして……。あのさ、受験するって本当?」

「お前に関係ないだろ」

「……関係ある。私だって中学受験するんだもん」

「初耳だな、桜花中に行かないのか?」

「多分いかない。そのために夏休み前から塾とか夏期講習とか……」

「そっか。結構大変なんだな」

「どこ? 第一志望」


 第一志望というか、そこ以外考えていない。


「誰にも言わないか?」

「言って何か得になることでも?」

「明星中(めいせいちゅう)」


 麗華の目が見開き、驚いた表情になる。


「あの明星中? 中高一貫で偏差値高いところ」

「そうだ、別にいいだろ俺がどこ受験しても」

 

 先生に聞いたら留学制度のある中学は、家から通える範囲でここしかない。

 麗華は何かを聞きたそうに、俺の目をずっと見ている。


「なんで? どうして明星中なの? 他にも学校たくさんあるのに」


 その質問に対しては、すぐに回答が出ている。


「留学できる」

「留学?」

「あぁ。先生に調べてもらった。あの中学校には留学制度がある。俺は留学したい」

「何言ってるの? 留学できるのは成績優良者だけだよ?」

「知ってる。でも、可能性はゼロじゃない」


 麗華は何かをあきらめたような、少しほっとしたような表情で俺に声をかけてきた。


「そっか……。私にできることあったら相談してよ。私も明星行くからさ」

「麗華も?」

「そう。第一志望は明星、第二志望もあるけど……。一緒に行こうよ、明星中」

「麗華とライバルになるのか……」


 今のままじゃ試験に受かることはできない。せめて、麗華と並ぶくらいにならないと……。


「ライバルね……。まぁ、うちから受験するの私たちだけだと思うし、倍率考えたら二人とも受かるかもよ?」


 微笑む彼女は俺の事を応援してくれるのだろうか?


「あのさ、良かったらなんだけど、勉強教えてくれないか?」

「……いいわよ。そのわり厳しくするけど泣かないでよね」


 涙はあの時に出し切った。もう、涙は見せないわ!


「泣くか、俺は男だ」

「っそ、まやれるだけやってみましょ。じゃ、早速参考書買いに行こうか?」

「わざわざ買いに行くのか?」

「そうよ。明日学校終わったら待ち合わせ、忘れないでね」

「わかったよ……」


 まさか麗華に勉強を教わることになるなんて。女に教わるのは嫌だった。

 でも、目標の為だったら何でもしてやる。

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