第16話 また、君に会いたい


「た、ただいま……」


 恐る恐る玄関を開ける。


「お帰り」


 母さんに父さん。それに……。


『遅いじゃないか、心配したぞ』


 ソフィーのお父さんまでいた。


「うむ。ま、無事に帰ってきたんだし、詳しいことは後で聞こうか」

「遅くなってごめん……」

「ごめんなさい。ゆいと、わるくない! わたしが──」

「ソフィアちゃんはいいの。責任は達也にあるのだから。さ、お風呂に入ってらっしゃい」


 ソフィーはそのまま母さんとお風呂場に行ってしまった。


 俺は父さんとソフィーのお父さんを目の前にして、ずっと下を見ている。

 花火大会の事、帰る途中はぐれたこと、探していたら時間がかかってしまったこと。

 そして──


「唯人が壊したのか?」


 気が付いたら割れていた。でも、俺が首からずっとぶら下げていたのは事実。


「はい」

「勝手に持ち出したのはソフィアちゃんなのか?」

「はい」


 大人二人が困った顔になった。


「ふむ……。テイラーさん、本当に申し訳ない。同じものを弁償させてください」


 テイラーさんは、壊れたカメラを見ながら電源を入れた。

そして室内を何枚か撮影し、モニタを見ている。


「シャシントレル、コワレテナイ。ユイトノ、シャシンミル、ヨイ?」

「どうぞ」


 テイラーさんはしばらく俺が撮った写真を見ている。心なしか、嬉しそうにしている。


「レンズ、ヒビアル。コウカンヒツヨウ。オカネカカル」

「はい、弁償します」

「ノンノン。コノシャシン、クダサイ。ソレデオーケーヨ」


 俺の撮った写真でいいのか?


「それでよければ」


 結局カメラはソフィーのお父さんに返し、ソフィーも怒られていた。

 勝手に持ち出したんだ、怒られて当たりまえ。


 そして、帰りが遅くなり、カメラのレンズを壊した俺も怒られた。

 でも、ソフィーと花火を見たことは一生忘れることのない思い出になった。


 ※ ※ ※


 あの日から俺は少しだけ英語を勉強するようになった。

 そして、ついに訪れてしまった別れの日。

 俺と両親、それに麗華と圭介も一緒に空港に来ていた。


「また、日本に来てくださいね」

「今度は奥さんも一緒に」

「またきまーす。ありがとございました」


 テイラーさんは父さんと母さんと何か話してる。


「向こうでも元気でね」

「れいかちゃん、げんきで」

「これ、僕の友達リスト。よかったら名前とか書いてほしい」


 ソフィーとお別れの挨拶をしている麗華と圭介。これが、最後なんだよな……。

 俺はソフィーと何も話していない。話せない、うまく言葉が出てこないんだ。


「まだ少し時間があるわね……。ねぇ、唯人。何かソフィーちゃんにお土産でも買ってあげたら?」

「そうねぇ、まだ時間もあるし大丈夫よ。唯人、ソフィアちゃんと何か買っておいで」


 麗華も母さんも何を言っているんだ? 

 お土産はさっき渡したじゃないか。なんでまた……。


『ソフィー、唯人君と一緒にお土産を買ってきてくれないか?』

『おみやげはもう買ったでしょ? また買うの?』

『いいんだよ。ほら、唯人君も買いに行くだろ』


 俺はソフィーと二人でお土産を買いに適当な店に入る。

 出発までまで少し時間がある。


「なにほしい?」

「……なにも」

「なんだ、せっかくなんだし何でも言えよ」

「いらない」


 さっきから機嫌が悪い。俺が何話してもそっぽを見てしまう。


「……屋上に行ってみるか?」


 無言でうなずくソフィー。俺はソフィーと一緒に屋上へ行ってみた。

 空は快晴、雲一つない。夏の日差しが俺とソフィーを襲う。


「何か飲む?」


 俺はソフィーにジュースを買って渡した。フェンスを背中に、二人で並んで立つ。


「帰っちゃうんだな」

「うん」

「また、日本に来るのか?」

「わからない」

「日本も楽しいところだろ?」

「うん」


 会話が続かない。ソフィーが俺の手を握る。



「ゆいと、わたしかえりたくない。にほんに、ゆいとといっしょにいたい」


 握られた手を握りかえす。


「また来いよ。俺、英語勉強してもっとソフィーと話がしたいんだ」

「わたし、にほんご、べんきょうする。また、にほんにくる」

「約束するか?」

「やくそくする」


 ソフィーと軽くハグして、お互いを確かめ合う。本当に短い期間だったけど、一生心に残る思い出ができた。


「ソフィー。俺、少しだけ英語覚えたんだ。聞いてくれるか?」


 少し涙目になりながら、ソフィーはうなずく。

 俺はソフィーの目を真っすぐ見て、ゆっくりと口を開いた。


『また、君に会いたい』


 ちゃんと言えたかな?


「私も、またあなたに会いたい」


 ソフィーは瞼に少し涙を浮かべながら、はっきりと日本語で言ってくれた。


「ソフィー……」

「わたし、にほんご、もっとがんばるよ」


 そして、無情にも搭乗手続きが始めるアナウンスが流れ始める。

 ソフィーとお別れの時だ。


「れいかちゃん、たのしかった。ありがとう」

「お礼なんていいのよ。私、あなたに一言だけ言いたいことがあるの」

「なに?」


『絶対に負けない。私だって好きなんだから』


 麗華が英語で何か話している。別れの挨拶か?

 キョトンとした顔でソフィーは麗華を見ている。


『私も負けない。絶対に』


 二人は握手をして、微笑んでいる。

 この夏休みで、結構あの二人は仲良くなった。いい友達になれたんだな……。


「ゆいと、ありがと……」


 ゲートに入る直前、ソフィーは俺の頬に軽くキスをしてそのまま振り返り去っていった。


 短い、俺のちょっとした夏の物語はこうして終わりを告げた。

 二度と会うことのない銀髪の女の子。

 この出会いと別れ、忘れることのできないひと夏の思い出になった。


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