第15話 今度は絶対に離さない

 

 来るときはあんなに楽しそうだったのに、帰るときは会話の一つもない。

 首からぶら下げたカメラも、邪魔に感じてしまう。


「しかし、帰りはずいぶん混むな……」

「ゆ、ゆいと……」


 気を抜いた瞬間、ソフィーと繋いでいた手がはなれてしまった。


「しまった!」


 気が付いたとき、俺の握っていた手は消えており、視界からソフィーも消えていた。

 まずい、まずい、まずい……。この状況で一人の女の子なんて見つけられるわけがない!


「すいません! ちょっと、すいません!」


 周りは大人ばかり。押しつぶされ、視界も遮られ、打つ手なし。くっそ、俺がもっとでかければっ!


「ソフィッー! ソフィッー!!」


 はぐれて数十分、いまだに合流できていない。もしかして先に帰ったのか?

 いや、たぶんそれはない。きっと、ソフィーも俺の事を探してどこかウロウロしているんだろう。絶対に探さないと……。

 少しづつ人が少なくなってきており、人に当たらずに歩けるようになってきた。近くの受付に行き、迷子が来ていないか聞いてみたが来ていないようだ。

 くっそ、どに行ったんだ。


「ソフィー、どこにいるんだ! ソフィー!」


 汗をかきながら花火会場を走る。自分の住んでいた国を離れて、こんな広いところにたった一人。

 言葉もろくに通じない、帰る方法もわからない。もし、もしもソフィーの身に何かあったら……。


「ソフィー! いないのか!」


 わき腹が苦しい。息が、続かない。でも、走ることをやめる訳にはいかない。母さんにも言われた、でもそれだけじゃない!

 いつの間にか、ソフィーと花火を見ていた近くまで来てしまった。ここまで何人もすれ違ったが、ソフィーっぽい銀髪の子は見なかった。


「いったいどこに……」


 さっきまでソフィーと一緒に花火を見ていた河川敷。もう、周りにはほとんど人影がない。

 俺は思いっきり息を吸い込む。


「ソフィィーー!」


 一体どこにいるんだ……。


──ガサガサ


 ビクゥッ! 少し離れたところで何かが動いた。人影らしい影は、ない!

 が、どうやら座っていたようで、起き上がった黒い影は次第にその姿を見せ始めた。


「ゆ、ゆいと……」

「ソフィー!」


 草むらに隠れるように座っていたのはソフィーだった。


「大丈夫か! どこか怪我でもしたのか!」

「だいじょうぶ。ひとりでこわかった」


 半分涙目になりながら俺に抱き着いてきた。俺はそっと頭をなで、なぐさめる。


「ほらみろ。迷子になったらこうなるんだ」

「ごめん。ごめんね……」


 今度は絶対に離さないように手をつないで駅に向かって歩き始める。

 人は少ない。今度は絶対に大丈夫だ。


「にーちゃん。最後なんだ、二個百円でいいから買わないか?」


 屋台のおっちゃんが声をかけてくる。


「はい、ソフィーの分な」

「ありがと。これなに?」


 渡したのは真っ赤ないちご飴。


「いちご飴。中にイチゴが入っているけど、ただの飴だな」

「いちごあめ……。あ、あまい。おいしいっ」


 さっきまで半泣きだったソフィーが少しだけ元気になる。

 よかった、少しだけほっとする。


 帰る電車の中で俺は二つ問題を抱えていた。

 一つは、気が付いたら借りたカメラのレンズにヒビが入っていたこと。これは非常にまずい。


 そしてもう一つは……。


「ゆいと……。ありがと……」


 肩に寄りかかったま寝てしまったソフィー。降りる駅までまだ時間はかかる。その間少しだけ寝かせてあげよう。

 駅に着きソフィーをおこして家に帰る。予定よりも少し遅れてしまった。

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