第7話 呼び名はソフィー


「そこ空いてる。座って食べようぜ」

『んー、いい風。気持ちいいね』


 ソフィアは笑顔で何かを伝えようとしている。きっと、この場所が気持ちよく感じるのだろう。言葉はわからなくても、なんとなくわかった気がした。


「いただきまーす」

「……いただきまーす」


 ソフィアは日本語で俺と同じように『いただきます』と言ってきた。


「なんだ、少しは日本語話せるのか?」

『アイス、おいしいね』


 笑顔で何かを話してくるソフィア。俺の言葉は通じたのだろうか。

 カップに入ったアイスを一生懸命食べているソフィアはなんとなくリスに見える。

 頬に着いたアイスにも気が付かないで、ハムハム食べている姿が何ともかわいい。


「何つけてんだよ。子供だな」


 大人の俺はソフィアの頬に着いたアイスを指でとり、手元にあったおしぼりで指を拭いた。

 まったく、子供なんだから。と、なぜかソフィアは頬を赤くし、こっちを睨んでいる。何怒ってるんだ?


『な、何してるの……』

「そういえばまだちゃんと自己紹介していなかったな。俺は一ノ瀬唯人(いちのせゆいと)。ゆいとだ」


 自分を指さし、名前を告げる。


『名前? えっと、私はソフィア』

「そっか、ソフィアっていうのか。よろしくな」

『私を呼ぶときは、ソフィーでいいわよ』


 ソフィー? あだ名か?


「ソフィーでいいのか?」

『何?』


 呼んだら返事をした。当たり前か。


「いや、何でもない。ただ呼んでみただけ。俺のことも唯人でいいからな」

『唯人、でいいのよね?』

「なんだ?」

『唯人。名前覚えたよ』

「だから、なんだよ」


 ソフィアは俺の名前をしっかりと呼んでくれた。でも、それ以外はやっぱりわからない。


『日本でできた初めての友達……』

「うーん、やっぱり何を言っているのかわからないな。ま、いいか……」


 ソフィーはそのあと終始笑顔でアイスを食べ、俺と一緒にモールの中を散策。ゲームコーナーは各国共通なのか、それなりに二人で楽しく遊べた。お昼もフードコートでハンバーガーを食べて、一日中モールの中で過ごした。

 ゲームコーナーでぬいぐるみを取ったり、よくわからん雑貨を何店舗も見て回ったり、あっちにフラフラこっちにふらふら、ソフィーは少しはしゃいでいるようだった。

 すっかり日も暮れ、そろそろ帰る時間。来るときは一言も話していなかったソフィーも、帰るときは俺に何かを一生懸命俺に伝えようとしている。


「んー疲れた。だいぶ遊んだな、明日はどうする?」

『今日は一日楽しかったよ。日本に来てから毎日退屈でね』

「行きたいところとか、見たいところあるのか?」

『テラスでアイス食べたとき、なんだかほっとしたよ』


 会話になっているのか? 全く分からない。ま、明日の事は明日考えればいいか。今日、無理やり決める必要はないだろう。

 しばらく歩くと家が見えてきた。少し前からソフィーの足がゆっくりになっていたことを、本人は気が付いていたのだろうか。


「やっと着いたー。今日は疲れたなー」

『ついちゃった……』


 少し寂しそうな表情になったソフィー。もしかして、家に誰もいないのか?


「お父さんいないのか?」

『はぁ……。きっとパパは今日も帰ってくるの遅い。また遅くまで家で一人か……』


 なんとなく伝わってくるソフィーの感情。そして、寂しそうな顔つきは見ているこっちまで心が痛くなる。

 ……お父さんは遊んでやれって言っていたよな。

 それに、今日はまだ終わっていない。このまま家に帰したら、依頼達成にはならないんだよな?


「なぁ、一緒に家でゲームでもしないか? 母さんもいるし、おやつやジュースも出るぞ」

『ジュース?』

「部屋は隣だし、遅くなっても大丈夫だろ。心配だったら玄関にメモでも残しておけばいい」


 早速俺の家にソフィーを連れていき、母さんに事情を話す。母さんも大丈夫だと言ってくれたし、俺の部屋でゲーム大会だ。

 と、遊ぶ前にソフィーに一言メモを書いてもらう。多分ソフィーのお父さんには伝わるだろう。


『ぱぱへ。隣の家で遊んでいます。今日はとっても楽しかったよ』


 書き終わったメモ用紙を俺に見せてきた。なぜドヤ顔なんだ?

 しかも何が書いてあるのかさっぱりわからない。


「じゃ、これを玄関開けてすぐの所に置いておけば大丈夫だな。置いてきたらゲームしようぜ!」


 ソフィーは俺に少しだけ笑顔を見せ、部屋から駆け足で出ていった。

 俺はコントローラーや簡単そうなソフトを何本か用意し、二人プレイの準備を進める。

 その間、ソフィーと入れ違いに母さんが部屋に入ってきて、ジュースとおやつを持ってきてくれた。


「あら、なんだか楽しそうね」

「そうでもないよ。あいつ家に一人だけとか、かわいそうじゃん」

「ふーん……」


 変な母さん。


『おいてきた!』

「はじめるぞー」


 戻ってきたソフィーは俺の隣に座り込み、渡されたコントローラーを握りしめている。

 っふ、俺のテクニック見せてやるぜ!


「このこのこのっ」

『んっんっんっんっ』


 格闘ゲームで白熱する。


「まがれぇぇぇぇぇ!」

『まけるなぁぁぁ』


 レースゲームでバトルする。


「あっ! 違う、そうじゃない!」

『このゲームは得意! 絶対に負けない!』


 落ちものゲームで連敗。


「ソフィー、オセロ強いんだね」

『ふふん、また私の勝ちね』


 オセロでぼろ負けし、夜も更けていく……。


「ソフィアちゃーん、お父さん今夜遅くなるって。だから一緒にご飯食べましょ」


 ソフィーは理解しているのか、ちょっと不安になる。

 この日、初めて四人で夕食を取った。

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