第8話 先生始めました


 いつもは三人で食べる夕食。今日は特別ゲストのソフィーがいる。


「どうだった? 一日楽しかったか?」

「まーね。一日モールでぶらぶらしてた」

「唯人、ソフィアちゃんとラブラブなんて……」

「母さん、ブラブラしてただけだよ。アイス食べて、ゲームして、雑貨見て」

「そう……。明日はどうするの?」

「決まってない」


 食事は始まっているのに、ソフィーは一向に手を付けない。せっかく母さんがお寿司を出前してくれたのに。さっきからお吸い物を飲むだけだ。


「お寿司嫌いなのか?」


 ソフィーに視線を向けてみるが、普通にお椀に入ったお吸い物を飲んでいる。が、箸を持つ気配がない。そういえば、アイスもハンバーガーも……。


「お寿司の食べ方を教えてやるよ、こうして食べるんだぜ」


 俺はお寿司を手でつかみ、醤油につけて食べる。


「んまい! ほら、ソフィーも食べろよ」

『手で食べるの?』


 俺はもう一貫、手でつかみ口に放り込む。


「こうして手で食べるんだぜ? 日本は箸もフォークも使うけど、手も使うんだ」


 見よう見まねでソフィーは手でお寿司を食べ始める。


「あら、そうだったわね。フォークとナイフの方が良かったかしら……」


 ソフィーは用意されたお寿司をほとんど食べ、満足したようだ。箸しか準備してなかったら、食べられないよな。


「ソフィアちゃん、お父さん帰ってくるまでうちにいていいのよ」

「そうだそ、唯人どうせ暇なんだし」

「暇じゃないよ、宿題とか──」

「どうせ、宿題もしないでゲームするんだろ?」

「……どっちでもいい。どうせ家は隣なんだ。すぐに帰れるしべつにいいんじゃない?」


 食事も終わり、再び自分の部屋に戻ってくつろぎタイム。さて、なにして遊ぼうか。

 一人っ子の俺は、こんな時間まで誰かと遊ぶことはない。これはこれで、なんとなく楽しい。

 ソフィーを部屋に待たせ、デザートかわりのおやつをこっそり台所から借りてくる。


「ふぅ、ミッション成功。ソフィー、何してあそぶ?」


 俺のベッドにソフィーが横を向いたまま寝ていた。漫画でも読んでいるのか?

 のぞき込むとソフィーは目を閉じ寝息をたてている。布団の上に広がった銀色の髪。

 ……この髪、本物だよね? 引っ張ったら取れたりしないよな?

 どうしても気になる。寝ているソフィーには申し訳ないが、こっそりと髪を触ってみることにする。

 ! サラサラだ……。しかも、本物の髪の毛だ。鼓動が高くなるのが自分でもわかる。


『ゆい、と……』


 おおぅ! 起きていたのか! と思ったが、ソフィーはまだ寝ている。なんだ寝言か……。

 でも、外国の子も寝言を言うんだな。初めて知った。

 今日は色々見て回って疲れたんだろうな。しばらく寝てるといいさ、また明日遊びに行くんだし。

 お休みソフィー。早く日本になれるといいな。

 

 その日、結局ソフィーのお父さんは夜遅くに帰ってきた。

 お姫様抱っこされて部屋から出ていくソフィーは本物のお姫様のようだった。


「ユイト、アリガトネ。キット、イチニチタノシカッタ」

「また明日もむかえに行きます」

「オキタラ、ツタエル」


 少しだけソフィーのお父さんと話をして、その日は俺も早めに夢の世界に旅立った。

 明日は、どうしようか……。


 ※ ※ ※


 一緒に遊びに行ってから数日。言葉はほとんど通じないけど、一緒にいる時間が増えた。

 日中、ソフィーの父さんがいない時は、俺がいなくてもなぜかうちにいるようになった。

 

「ただいまー」

「オカエリー」


 学校が終わり、家に帰るとよくソフィーが出迎えてくれた。

 ソフィーは片言だけど、日本語も少しだけ覚えてほんの少し話ができるようになった。気がする。


「お、なんだ。またいたのか」

「ユイト、コウエン、イク?」


 毎日部屋にこもっていたら暇でしょうがないよな。


「今から行くけど、一緒に来るか?」

『家に一人はつまらない。一緒に行く!』


 靴を脱ぐ前にソフィーは俺の腕を引っ張る。


「あっ、えっ、ちょ、ちょっとまて! 足がっ──」

『えっ?』


 足がもつれ、そのままの勢いでソフィーに覆いかぶさってしまった。


「っ痛てっー! そんなに慌てるな──」


 目の前にソフィーの顔が。近い! 透き通るような青い瞳。床に広がった銀色の髪。

 それにソフィーは無言で俺の目をずっと見ている。な、何か言わないと!

 

「あんたたち何してるの?」


 母降臨。顔を上げたら母がいる。


「ソフィーが俺の腕を無理やり引っ張るからぁー!」

「はぁ、男のくせに力が足りないね。唯人、早く手を洗っておいで」

「足りなくないわぁ!」

「ユイト、ワタシ、オキタイ」 


 俺は慌てて立ち上がった。

 おやつが来るまで部屋で一時待機。食べたら公園に行こう。


「これはおにぎり。わかるか? おにぎりだ」

「オニギリ」


 押入れの奥から絵本を召還した。母さんは何でも取っておく癖があるが、こんな昔の本まだあったのか。


「そうそう。こっちが目玉焼き。今朝食べただろ?」

「メマダヤキ」


 俺も読んでいたらしいこの絵本。かなりボロボロで汚れたり、破れたりしている。


「スクランブルエーッグ」

「スクランブルエッグ」

「発音いいな……」

「スクランブルエーーーッグ」


 ソフィーはなぜか二度言った。そして、俺に笑みを見せてくる。

 隣に座っているソフィーが近い。夏の気温は高いが、それ以上に熱く感じる。


 ここ数日、俺はソフィーと遊びながら日本語を教え始めた。

 言葉の壁はあつい。俺が英語を覚えてもいいかと思ったが、ソフィーが日本語を覚えたいと言ってきたのだ。


「唯人先生、そろそろおやつの準備ができましたよー」


 母さんが俺をからかってくる。


「うるさいな。いいから出てってくれよ」

「あらあら」


 勉強の邪魔だ。


「続けるぞ。これが動物園。こっちが水族館。あと、遊園地」

「ドーブルエン、スイソクカン、ユゥエンティ」

「ん、だいたいオッケー。ソフィーは覚えるの早いなー」

「ユイト、ニホンゴ、ウマイ。ワタシ、ニホンモスキ」


 日本語うまいって……。


「よし、おやつでも食べるか」

「オヤツ、オイシイ。スキ」


 ソフィーは頭がいい。教えた言葉をどんどんつかえるようになってきている。

 もしかしたら、俺も英語を勉強したらサクサク覚えることができるんじゃないか?

 おやつも完食し、早速ソフィーと公園を目指す。ソフィーの公園デビューだ!

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