第44話 13号室

 26歳になった春、美穂は上京した。酸欠の金魚みたいな田舎暮らしにうんざりし、自由な空気を吸いたかったのだ。

 節約のため、安いアパートを探した。風呂なしトイレ共同だが、駅から歩いて数分、二階の南東角部屋、日当たりと風遠しの良い四畳半が見つかった。古いけれど銭湯も近いし申し分ない。ただひとつ気になったのは部屋が13号室だったこと。

 キリスト教では不吉な数とされるが、日本では死と苦に通じると、4と9が嫌われる。

 現に、このアパートも、4と9のつく部屋はなかった。隣は15号室である。

 友人や親に手紙を書くとき、住所に13号、と書くのがイヤだった。


 入居して間もなく、刑事が訪ねてきた。近所で若い女性が殺され、聞き込みに来たのだが、事件のことを美穂は全く知らなかった。

上京したばかりだと告げると、

「田舎に帰ったほうがいいんじゃないの?」

 と刑事は言った。

 余計なお世話だ、田舎がイヤだから東京に来たのに。

 美穂は不機嫌になった。

 隣室には浪人男が住んでいて、しょうゆを貸してくれと言ってきた。妙になれなれしい男で、こんなことがきっかけで、ヘンな関係になるのは御免だ。美穂は二度と彼の訪問を許さなかった。

 秋には浪人は体調を崩して実家に戻った。美穂はほっとした。

 冬になると17号室に30くらいの男が越してきた。ある日、美穂がバイトから戻るとドアが開け放されていて、

「お茶を飲んでいきませんか」

 と、こたつの中から男が声をかけた。

「けっこうです」

 美穂は急いで自室に入ったが、なんだか気味が悪かった。


 その夜、ドアがカチャカチャする音に、美穂は目覚めた。静かに戸が開き、ハアハアと男の荒い息。恐怖に、美穂の体は凍り付いた。



 40年が過ぎた。

 美穂は、アパートの跡地マンションの屋上に腰かけて、ぼんやり物思いにふけっている。

 今時、13号室なんて存在しない。部屋番号は103とか204とかに変わっている。

 激しく抵抗され、男は美穂を絞殺してしまった。細工をして鍵が開くことを知り、美穂に目を付けたのだ。


 まさか、そんな男がいるとは思いもしなかった。

 あの刑事の言う通り、田舎に帰った方が良かったのだろうか。

 いや、違う。

 13号室だったからだ、不吉な番号の部屋を借りたのが悪いのだ。


 いつまでも成仏できない美穂は、この場所を離れられず、日々、同じ愚痴を繰り返している。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る