第42話 エピタフ

 作家のセリーヌは墓碑銘に「NON]とだけ刻ませたという。この世の全てを拒絶したのだろうか。


 大昔、キング・クリムゾンなるプログレッシブ・ロックバンドが人気で、名曲hが多かった。

 いちばん印象的だったのは「エピタフ(墓碑銘)」。

「『混乱』が私の墓碑銘になるだろう」

 このフレーズは未だに忘れられない。


 この曲が世に出た当時は、日本の墓は「××家之墓」が一般的だったが、最近は墓石も横長でメッセージが刻まれてだいぶ様変わりしている。


 十返舎一九の墓碑銘は、


 此世をば どりやおいとまに せん香と ともにつひには 灰左様なら


「せん」と線香、「はい」と灰をかけているあたり、さすが「膝栗毛」の作者。


 我が家は浄土真宗ということで、墓石には「南無阿弥陀仏」だけ、これはこれで潔いというか、私は気に入っている。

 小さな寺の小さな墓場にうちの墓はあるのだが、ある時、他家の墓碑銘が目に留まった。


 パパありがとう いつまでも愛してる


 なんと心温まる墓碑銘だろう。

 それなのに背中の震えが止まらない。

 その墓石には、真っ赤なペンキがぶちまけられていた。

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